あいのうた番外編3 | ナノ





あいのうた番外編3

 未来は尊を椅子へ座らせ、暖炉に火を入れる。震えているのは寒さからではないと分かっているものの、ブランケットを取り、ひざにも置いてやる。カウンターへ回り込み、コーヒーをいれてから、尊の隣へ座った。未来は抱き寄せようと尊の背後に伸ばした手を下ろし、ブランケットを握り締めている冷たい手を包む。びくりと動いた肩に気づいても、手は離さない。
「尊さん、もう大丈夫です。ここは俺達の家で、ここまでは誰も来ない」
 未来が知っているのは、精神的に不安定な尊であり、白いバンタイプの車を怖がる尊だった。二十代前半の同性にも怯えている。泣きながら、元恋人に謝る姿を見て、暴力行為や意に沿わない形での性行為が、その恋人との間にあったのかもしれないと考えていた。だが、それだけではすべてがつながらない。
「ごめ、っ……」
 尊の姿も声も痛々しくて苦しい。もっと早く出会えばよかったと思う。だが、自分と出会ってからも、尊は傷ついていた。中嶋が自分へ好意を抱いていることは知っていたが、あんなふうになるとは思わなかった。中学、高校と人を傷つけてきたから、中嶋には明確に、彼と同じ気持ちは返せないと言った。彼はゲイであるという点で、他の仲間とは違った。親友に近い存在だった。
 自分が裏切られたと感じているように、中嶋も自分に裏切られてと感じているのだろう。それでも、その矛先が尊へ向かったことは許せない。未来は泣きながら謝っている尊を見つめた。
 尊とともにいたいと思ったことを恥じていない。彼が言う通り、この関係は未来の家族関係を壊している。だが、それは自分が同性しか愛せないという事実を両親が受け入れられないことに起因していた。ただ尊を笑顔にしたいだけなのに、自分にはその力がない。今も尊が目の前で泣いているのに、声をかけることしかできない。
 尊はコーヒーに手をつけることなく、ずっと嗚咽を漏らしていた。しだいにその声が弱まり、疲れてしまったのか、頭がふらつく。未来は声をかけて、尊の体を支えた。
「少し横になりますか? ベッドへ運びますね」
 尊からの返事はなく、未来は彼の体を抱えて、階段を上がった。二階は暖炉ではなく、エアコンが設置してあり、加湿器と一緒に稼動させる。濡れタオルを準備してくると、尊は眠っておらず、じっと天井を見つめていた。
「めいわく、かけてる、おれ、みらいのこと、だめにしてる」
 未来は濡れタオルを握ったまま、涙を流した。好きな人が自分自身を卑下したり、傷つけたりするのを見るのは辛い。どうして分かってもらえないのかと思う。尊が笑みを浮かべてくれるだけで、未来はどんな困難にでも立ち向かえる強さをもらえるのに、自分の笑みは、彼に安堵も与えられないのかと悲しくなる。
 ナイトチェストへメガネを置いた未来は、コンタクトレンズからメガネに変えた本当の理由を思い返した。メガネは自分を少し老けさせる。八つ上の尊と釣り合いたくて、子どもだと思われたくなくて、メガネにした。だが、こんな小物では尊を支えられない。未来はベッドのそばで両ひざをつき、袖で涙を拭った。それから、尊の目の周りへ濡れタオルを優しく当てる。
「尊さんの笑顔が好きです。優しいところも、おっとりしたところも好きです。迷惑をかけてるのは俺のほうです。俺は、尊さんと一緒にいれて、毎日幸せです」
 未来は今の気持ちを素直に口にした。真心からの言葉だったが、尊の笑みを見ることは叶わない。
「……俺が誘ったんだ」
 尊は天井から視線をこちらへ向けた。
「俺がいけなかったんだよ。手、引っ張られて、お尻、触られた。俺がいやらしい目で見てたから、あ、その前だ。俺の歩き方だ、きっと。ミツヒコが、中に入れて欲しいみたいに、腰振って歩いてるって教えてくれた。マフラーもしてなかったから、首筋も見えてたよね。だから、だ」
 じょう舌に話した尊は、「そうだ、知ってたのに」と続けた。未来はそっと彼の額へ触れ、髪をなでた。先ほどの出来事を話してくれたが、まだ何か重大なことが隠れている。それを聞き出すかどうか考えていたら、尊がぽつりと言った。
「昔、知らない人達に犯された」
 衝撃的な言葉に、聞き返すことができない。不自然に髪をなでる手を止められなかった。未来は無言で、尊と見つめ合う。こんな時に返せる気の利いた言葉を知らない。
「帰り道、うしろから、いきなりで、白い、バンに」
 尊の震える声と涙でにじむ視界を見て、「もういい!」と叫びたかった。だが、そう言えば、おそらく聞きたくないという意味に取られる。未来は手を毛布の下へ入れた。尊の左手を探し出し、指を絡めて握る。

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