あいのうた番外編2 | ナノ





あいのうた番外編2

 未来は尊の笑顔が好きだった。出会った時は怯えの色を見せた瞳が、打ち解けていくうちに輝き始めた。はじめは気にかかる程度だった尊に惚れたのは、彼の笑顔を見た時だ。もともと人目を引く美しさがあり、憂いを帯びた表情に時おり、喫茶店の客達が視線を向けていた。無自覚なのか、本人は容姿に頓着しないらしく、緩やかに波打つ髪が跳ねていることもあった。
 チョコレートタルトへフォークを入れて、一口サイズにしてから頬張る尊は、テラスから外を見ていた。ちらちらと雪が舞っている。手編み風のカーディガンを羽織り、雪を見つめる彼は、とてもはかなく映る。見ているだけで、デザインが思い浮かんだ。未来は立ち上がり間仕切りの向こうからクロッキー帳と鉛筆を手にする。
 まだ恋人だとはっきり言える関係ではないが、尊がそばにいることを許してくれて嬉しかった。彼が何に傷つき、悩み、疲れ果てていたのか、未来は知らない。ただうわ言で元恋人へ謝り続けていた彼を思い、自分はその元恋人とは違うと口にしたことを、今では少し後悔している。そういう主張は何だか自分が子どものように感じられた。彼のすべてを受け止められるような大人でいることが、最近の未来の目標だ。
 ネックレスのモチーフとピアスをデザインしながら、未来はいつの間にか、パソコンへ向かっている尊の横顔に手を止める。ページをめくり、彼のことを描いた。彼がキーボードを叩く音、暖炉で火が薪を焼く音、そして、自分が彼を描く鉛筆が紙の上を滑る音を聞き、その些細な日常にめまいを覚える。彼と二人きりで穏やかに暮らすことができて、幸せだった。涙もろい未来は、にじむ視界を拭い、愛しい人を描き続ける。

 表面上は何も変わらなかった。尊は睡眠導入剤を飲んでいるが、相馬市内にはメンタルクリニックがないため、二週間に一度、隣の市まで車を出した。ちょっとしたドライブと買い物も兼ねており、未来はそれを負担に思ったことはない。尊がクリニックにいる間、待合室で雑誌を読んで過ごした。待ち時間は長いが、診療に入ると、だいたい長くても三十分程度で出てくる。
 個室から出てきた尊は満面の笑みだった。きっと、何かいいことだろうと思う。薬が出るのを待って会計を済ませ、車内へ乗り込んだ瞬間、「俺、よくなってる」と彼は言った。
「引っ越してから、よく眠れるし、夜も朝も不安感が消えたんだ。だから、今日から少しずつ、導入剤の量を減らせる」
 未来は左手で尊の手を握り、右手で頬をなでた。
「尊さん、頑張ってますからね。朝食の準備も雪かきも仕事も、きちんとこなして、本当に誇りに思います」
 努力が報われていると言うと、尊は破顔した。
「未来が応援してくれてるから……」
 照れてうつむいた尊が、未来の左手を持ち上げて、キスをしてくれる。
「ありがとう」
 くちびるへのキスは引っ越してからはまだ一度もない。だが、未来は満足していた。

 百貨店の食料品売り場へ行き、家飲み用の焼酎を選ぶ。以前は『rouge』へ飲みにいっていたが、ここから気軽に飲みにいくには距離があり過ぎた。ホールにはカウンターを残してあるため、好きな酒を買って、カウンターに座って飲めば、バーのような雰囲気になる。経済的にも懐に優しい上、隣に尊が座ってくれて、家飲みは週末の楽しみになっている。
 ワインコーナーにいる尊を確認して、未来は麦焼酎の棚と向かい合う。今夜も雪が降り、冷え込むと天気予報が出ていた。未来はグラタンかクリームシチューがいいと思い、冷蔵庫の中に残っているものと買わなければならない材料を思い浮かべる。手にしていた焼酎をカゴへ入れ、視線を上げると、尊が涙目でこちらを見た。尊の前に立っている男性二人組に気づき、すぐに尊のところへ駆ける。
「っ、う……ぅー」
 尊は未来の腕をつかんで、泣き始めた。違う、と言っているようだが、要領を得ず、未来は尊の体を抱きとめる。異質なものを見るかのようにこちらへ視線を投げている男性二人を睨んだ。
「何か?」
 男達は首を横に振り、去っていく。何もなければ、尊がこんな状態になるわけがない。未来は呼び止めようと思ったが、しだいに嗚咽を漏らし始めた尊を見て、カゴを置き、階段前まで連れていった。尊を隠すようにして抱き締め、「大丈夫です」と声をかける。少し力を緩めると、尊の体は小刻みに震えていた。
「家に帰りましょう、ね、尊さん」
 うつむいて、しゃっくりを上げながら、嗚咽を漏らす尊に、自分のマフラーを巻いてやる。そっと背中へ触れ、駐車場までの道のりを誘導した。助手席は辛いだろうと思い、後部座席へ横になるように言う。尊は謝罪の言葉を口にした。
「何で謝るんですか? 俺が尊さんを一人にしたせいです。家に帰って、熱いコーヒー、飲みましょう」
 赤くなっている尊の目尻へ触れ、未来は明るい口調で言った。

番外編1 番外編3

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