falling down3 | ナノ





falling down3

 生徒達が街へ外出できるのは、事前に届出を提出した場合に限られる。だが、家の都合で行事やパーティーに参加する場合は親が連絡を入れるだけでよかった。特に王族関係者や貴族の子ども達は土曜日に出ていくことが多い。
 トビアスもその一人だった。ホテルのホールを借りて行われる外務省官僚の親睦会へ出席したトビアスは、義兄エリックが紹介した相手と話していた。四十代の男は先ほどからなめ回すようにトビアスを見つめ、部屋へ行ったら、酒を飲むかと尋ねてくる。あいまいに頷きながら、人が集まったほうへ視線をやった。
「あぁ、レアンドロス王子か」
 男から名前を聞くまでもない。レアンドロスはノースフォレスト校で学んでいる。同じ十五歳だが、最上級生と比べても遜色ない彼は、すでに洗練された雰囲気を持ち、誰からも好かれる人間だった。小国だが、資源豊かなイレラント国を統べる王族の後継ぎで、友好国であるこの国へは現王もよく訪れる。イレラント国国王自身もまたノースフォレスト校出身だった。
 レアンドロスは彼の国を表すブルーとホワイトで統一された衣装を着ていた。その潔いほどのコントラストは彼にぴったりで、彼自身の高潔さを示すように見える。社会での地位や親の仕事は、校内でもそのまま引き継がれる。王族はその中でも別格だった。
 トビアスがレアンドロスを初めて見たのは、去年の冬だ。彼の友達と率先して雪かきをしている姿を見た。一人がふざけて雪玉を作り、雪合戦が始まると、王子もそれに参加して、あとで教師に怒られていた。意外な一面だと思ったと同時に、雪玉を食らって笑う彼に魅かれたことを覚えている。
 下級生も上級生もこぞって、レアンドロスと話したがる。だが、彼の周囲にはいつも彼の隣にふさわしい生徒達がいて、トビアスのような生徒が近づける雰囲気ではない。彼はいつも穏やかな笑みを浮かべているが、第一王子という立場のため、重圧も大きいだろう。本当なら休みの日はゆっくりしたいだろうに、こうして外へ連れ出され、外交のためにまた笑顔をふりまいている。トビアスは急に、彼と自分の共通点に気づき、親近感を覚える。
 だが、その、「道具である」という共通点には雲泥の差があると、隣の男が気づかせた。
「トビアス、そろそろ上がろうか?」
 部屋へ促され、レアンドロスから視線をそらす。一歩踏み出した瞬間、男の名前を呼ぶ声が響いた。彼はレアンドロスに呼び止められ、まんざらでもなさそうにあいさつをする。
「先に行きなさい」
 小声で言われ、その場を立ち去ろうとすると、レアンドロスが、「お待ちください」と言った。振り返り、彼を見上げる。遠くで見るよりずっと美しい青年だった。ブロンドの髪は清潔に整えられ、淡いブルーの瞳がこちらを見つめる。トビアスは自分の容姿を醜いとは思っていない。むしろ美しいと考えていた。だが、その美しさも彼の前では劣るだろう。同じ年に生まれたとは思えないほど背が高く、肩幅もあった。
「ノースフォレストにいらっしゃいますよね?」
 かろうじて頷くと、レアンドロスはトビアスの隣へ並ぶ男へ、「学友をお借りてもよろしいでしょうか?」と恭しく尋ねる。王子からの頼みを断れるはずもなく、男はすぐに下がった。トビアスは義兄エリックの姿を目で探す。エリックは女性と談笑していたが、視線を上げた時にこちらを見て軽く頷いた。今日はあの男の相手をするためにここへ呼ばれている。どうせあとでそうなるものの、今はすぐにベッドへ直行しなくて済んだことが嬉しかった。
「改めまして、俺はレアンドロス・エストランデス」
 手を差し出してきたレアンドロスへ、トビアスも手を返す。
「トビアス・シンケルです」
 レアンドロスは器用に片眉だけを上げた。気にならない程度の動きだったが、これまでの経験から、自分の苗字がマクドネルではないことへの驚きだと分かる。トビアスが母親の連れ子であることは有名な話だが、それをこの王子が知っているかといえば、もちろん知らないだろう。そういった話には無縁そうだ。あえて言う必要もないと思い、トビアスは給仕へ視線を向けた。
「ミネラルウォーターでいいか?」
 レアンドロスは尋ねると同時に、給仕の持つトレイからグラスを取った。こちらの視線の動きだけで、先回りする彼に、トビアスは何となく敵わない相手だという印象を抱いた。
「・・・・・・ありがとう、ございます、王子」
 最後は消えそうな声だった。レアンドロスは苦笑して、「敬語なんか使わなくていい」と言う。
「君のこと、よく見かけるんだ」
 隣に並んだレアンドロスは、トビアスのうしろへ壁際にあった椅子を置いた。
「立食パーティーは足が疲れるだろう? 座って。俺も座るから」
 右足首の痛みに耐えていたトビアスは、それでもレアンドロスが座ってからしか座らなかった。
「理系の授業がほとんど一緒で、気づいてた?」
 淡いブルーの瞳に見つめられ、トビアスは緊張していた。澄んだ色と同じく、何もかも見透かされている気分にさせられる。レアンドロスといくつかの授業が被っていることには気づいていた。だが、彼は遠く、こちらから話しかけられるような存在ではない。

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