falling down2 | ナノ





falling down2

 午後は運動や芸術の授業の後、たいてい図書館や空き教室で自習をする。トビアスは十六歳になる来年、全国試験が控えているため、夕食の時間まで勉強を続けていた。義兄であるエリックもこの校舎で学び、当然のように国内最高学府へ進学した。現在、二十五歳の彼は社交界でも有名な存在で、良家の女性達がこぞって彼の心を射止めようとしているらしい。
 柔和な笑みで女性達と雑談しているエリックと彼に夢中の女性達を見ると、トビアスは吐き気をもよおす。外見と家柄しか見ていない彼女達に、エリックがどんなに残忍な人間か教えてやりたいが、トビアスが何を言ったところで相手にされるわけがなかった。
 母親は派手な女性で、スキャンダルが絶えず、今や義父ダレンとの結婚生活は破綻している。それでも別れないのは母親にとってダレンは財布だからだろう。そして、ダレンは矛先をトビアスへ向けている。トビアスは鉛筆を強く握った。この間のホームパーティーの時、母親がダレンとエリックに話しているのを聞いた。
 金づかいの荒い母親を責めた二人に、「トビアスを使えばいいじゃない」と言い返していた。トビアスは開いていた辞書の上に落ちた黒鉛へ息を吹きかける。自分の容姿が人よりも美しいことには早くから気づいていた。九歳の頃、寄宿舎で一緒だった上級生にキスをされて以来、自分がどう見られているか知り、まだ幼い思考でいられた時には、優しい上級生に憧れも抱いていた。
 だが、ダレンにパーティーへ出席するように言われた十歳の頃から、淡く抱いていた同性への気持ちはすべて砕かれていった。今もどうしようもなく落ち込み、浮上できない時、優しい同性が抱き締めてくれることを想像する。冷静な思考に戻れば、自らを嘲笑してしまうほど馬鹿げた妄想だった。
「トビアス」
 かげった辞書から視線を上げると、上級生達が外へ出ろと促す。トビアスへのいじめはほぼ毎日のようにあった。足を引っかけて転ばせるようなものから、性欲処理にいたるまで様々だ。成績はそこそこ上位のトビアスは、本来であれば平穏無事な生活を送れるはずだった。ところが、母親のスキャンダルや容姿、初めてキスを教えた上級生から広がった、「トビアスはゲイだ」という噂のせいで、成績も家柄も低い最下層の生徒達までトビアスを手酷く扱うようになった。
 旧校舎の裏庭で上級生達と順番に殴り合う。殴り合うとは言っても、トビアスは彼らより背も小さく、力もない。制服が汚れないようブレザーを脱ぎ、ネクタイを外していた。白いシャツはすでに土と埃で汚れていた。顔を殴られそうになった時に、顔はやめて欲しいと言ってから、やはりゲイだと嘲笑され、負けたらオナニーを見せるという罰ゲームが追加された。
 それでも、社交界やパーティーで呼び出され、道具としてダレンくらいの壮年の男性へ差し出されることと比べれば、学校でのいじめは可愛いものだと思えた。もちろん、まったく傷つかないかと問われれば、そんなことはない。寄宿舎の部屋は六人部屋で、トビアスは誰からも相手にされておらず、ハウスマスターすら、ランチを食べに寄宿舎へ戻れば、トビアスにだけは冷めた状態の食事を出した。
「はい、オナニー決定な」
 肩を押されて、痛みから顔を歪めると、「さっさと脱げ」とベルトをつかまれる。初めて皆の前で裸にさせられたのは、寄宿舎の中でだった。あの時は悔しくて嗚咽を漏らして泣いた。六人部屋が八つあり、あの場にいた生徒は三十人を超えていたはずだ。四つ這いになり、尻を平手で叩かれるという行為だったが、興奮した上級生数人にまわされた。
 シャツだけを着た状態でトビアスはまだうつむいているペニスへ触れる。上級生の命令は絶対であり、同い年の生徒であっても家柄や階級が上の生徒であれば、必然的に服従しなければならない。
「おい、何してるんだ?」
 一瞬、上級生達にあせりの表情が浮かんだが、ビセットだと分かると、安堵する。トビアスは災難な日だと心の中で独白した。
「トビアス、またか。上級生に何を見せてるんだ? 外でやれば犯罪者だぞ」
 ビセットは喉を鳴らすように笑い、服を着ろと命令する。
「紳士たる振る舞いとはほど遠いな。そのボタンの取れた上着は何だ? 懲罰部屋へ行く前に、彼らに謝罪しろ」
 服を着たトビアスは半だち状態のペニスを股の間へ入れて、隠そうとした。ビセットが目敏くそれを見つけて、手を叩く。
「手はうしろへ」
 言われた通りにしたトビアスに、ビセットは、「両ひざをついて、一人一人の前で額をつけて謝罪」と続ける。トビアスは土へ額をつけ、「すみませんでした」と言葉にする。理不尽さから泣いていたこともある。だが、今は涙を見せれば彼らを喜ばせるだけだと知っている。
「違うだろ。ちゃんと、何に対しての謝罪なのか、はっきり言葉にしろ」
 うしろに回していた手で拳を作り、トビアスはよく通る声で言葉を紡いだ。
「汚らわしい自慰行為をお見せして、申し訳ありませんでした」
 怒りから相手へ殴りかかったこともある。その時に教師から、「掃き溜めは必要不可欠だ」と言われた。自殺を考え、早朝の礼拝堂で泣いていたら、トビアスの現担任であるオーブリーに、「いつまでも今が続くわけではない」と説かれた。オーブリーは寄宿舎でともに生活していて、何かあれば相談の乗る優秀な教師だ。死んだら負ける気がして、それからは死のうとは思わなくなった。その代わり、自分を汚した、道具にしか見ていない母親と義父と義兄が消えればいいと祈っている。本当に醜い心だとトビアスは小さく息を吐いた。
「入れ」
 ビセットが扉を開き、懲罰部屋へ入っていく。彼はまず針と糸を目の前に用意した。
「今日は三十回だ」
 木製のパドルを手にしたビセットは、トビアスの足の間へパドルを入れて、肩幅まで足を開くように促す。トビアスが手前にあったポールの支えをつかむと、彼はカウントしながら右足を叩いた。
「三十回までカウントしたら、次はスクワットをしながら、ボタンをつけろ」
 トビアスは、「はい」と言わなければならなかったが、右足首にまで響く痛みに涙声で訴えた。
「足首が、痛むんです。スクワットは無理です」
 パドルを振り上げる手を止めたビセットは、トビアスの髪をつかんで顔を上げさせた。
「今の口答えに対して、十回追加する」
 トビアスは涙をこらえて、ポールを握る手に力を込めた。

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