vanish32 | ナノ





vanish32

 要司の家に着くと、彼が引き戸を開けた。外観は大きく変わっていない。狭いガレージに原付バイクが停めてあった。
「入って」
 遠慮している慎也を要司が中から呼んだ。コンクリートが打ちっぱなしの上がりがまちのところに、すのこが敷かれている。一度だけ中に入ったことがあるが、その時よりも生活感が増していた。
 上がりがまちを上がるとすぐにまた引き戸があり、そこから先は居間になっている。居間を抜けると台所と浴室、トイレへと続く。居間と台所の間にある廊下から二階へ上がる階段があって、二階には二部屋、おそらく一室は寝室に使われている部屋がある。
「くつろげよ。今、コーヒー用意するから」
 居間は十五畳ほどの広さがあったが、テーブルとリクライニングソファが置いてあり、その向かいにテレビやゲーム機を置いたテレビボード、本棚があるため、狭い感じがした。
「本棚は二階に上げる予定」
 顔に出ていたのか、コーヒーを持った要司がそう説明した。
「壁」
 テーブルにコーヒーを置き、要司が白い壁に触れる。
「下準備は終わってるから、いつでもおまえの好きな色に塗れるぞ」
 穴が空いていたり、クロスがはがれたりしていた居間の壁はすでに補修しており、あとは塗装するだけの状態だと言われた。要司は一度、台所のほうへ行き、勝手口の周辺へ乱雑に置かれている道具の中から、カラフルな色見本を引っ張り出す。
「えーっと」
 ぱらぱらとめくりながら、要司が戻ってきて、慎也の隣に座った。今までに何度も隣に来られたことがある。だが、慎也はその距離に慣れず、胸がどきどきした。
「あった。このへんから選んで」
 意外なことに要司が示したのはパステルカラーだった。ブルー、イエロー、グリーンの順番で並んでいる。
「すぐじゃなくていい。急ぎじゃないからな」
 慎也が視線を上げて室内をきょろきょろ見回すと、要司が笑った。
「どの色でも合うだろ?」
 不思議なことにパステルカラーを見ていると、慎也は安心した。ここにいてもいずれ葵に見つかってしまう。葵は要司の職場も知っている。迷惑をかけないうちに出て行かなければならないことは分かっていた。
「おまえ、昼、食った?」
 あいまいに首を振ると、要司がインスタントラーメンならある、と言った。その後、彼は突然、手を伸ばして慎也の腰をつかんだ。ウェストを計測するようにもう一方の腕も伸ばしてくる。
「ぅわ、おまえ、どんだけ細いの? もっと肉、食わないと。肉……大通りまで出れば、牛丼屋あるから、そこ行くか」
 要司にとっては普通のスキンシップも、慎也にとっては過剰な意味に取れる行為だ。顔が熱い。好きな人に触れられることが恥ずかしい。慎也はリクライニングソファに肘をついて、半ば体を倒していた。このまま押し倒されてキスされてもいいと思う。
 だが、それは慎也の願望であり、そんなことは起こらない。要司が携帯電話をいじった後、牛丼屋へ行くために立ち上がる。
「要司さん、俺、お金……」
「おまえだけだよ、そんなこと気にしてくれんのは。いいから、いいから。年下は年上におごらせとけばいいんだ。で、いつかおまえが自分で稼ぐようになったら、今度はおまえが年下におごってやれ。それがお返しってやつ」
「はい」
 振り返った要司が笑う。
「俺、今、カッコイイこと言った?」
「はい」
 周囲を照らすように、要司が明るく大きく笑う。慎也はまぶしそうに彼を見て、ほほ笑んだ。
「慎也は素直でいいなぁ」
 先を歩いていた要司が戻ってきて、痛いくらい強く慎也の肩を抱いた。

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