あいのうた27 | ナノ





あいのうた27

 引っ越しの準備が進んでいく中で、未来はいくつかの家具を選んでいた。尊は布団で寝ようと考えていたが、未来はすでにベッドを注文したと苦笑していた。
「でも、俺、寝相が悪いんで、ダブルベッドにはしてないですよ」
 寝相が悪いというのは嘘だと知っていた。未来の気づかいをありがたく思いながら、鏡に映るピアスを見つめる。シルバー製のピアスは角度を変えるときらきらと光った。未来が夜、実家へ帰る前に消毒をしてくれるため、膿むこともなかった。髪が伸びたから切りにいきたいが、未来は今のままでも変ではないと言う。
 喫茶店へ下りると、オーナーがコーヒーを飲むかと聞いてくれた。尊は首を横に振る。
「ちょっと本屋まで行ってきます」
 ここに来てから一人で外へ出るのは初めてだ。オーナーがもう少ししたら未来が来ると言うが、ここから本屋までは大通りをまっすぐ歩くだけのため、尊は大丈夫だと返した。日中はまだ暖かい。信号待ちで空を見上げると、晴れてはいるものの雲が出てきていた。雨が降るかもしれない。
 目的の本があるわけではなく、何となく外に出てみたかっただけだ。尊は自分が変わろうとしていることに気づいていた。夜は相変わらず睡眠導入剤が必要になるが、眠るまで未来がそばにいてくれるからか、朝、起きた時にあった不安感が消えている。無意識に手がピアスへ触れた。
 その腕をつかんだ強い力に、尊は驚いて、顔を上げる。声が出ない。中嶋は尊を睥睨し、有無を言わせない強引さで腕を引いた。
「っ……」
 嫌だ、と声を出さなければと思うのに、口から出てくるのは言葉にならない短い音だけだ。本屋を出て、路上駐車してある車の中へ押し込まれそうになり、尊はそこで初めて抵抗した。両手を車のルーフに置いて、足を踏ん張る。
「入れっ」
 中嶋は尊を後部座席へ押し込もうとしていた。尊が両手を突っぱねると、いきなり顔を殴られた。尊はふらつき、道路にひざをつく。昼間の通りには通行人も多く、尊達の様子を見ていた人間もいるが、止めに入ることはなかった。ひざをついた状態から胸ぐらをつかまれ、もう一度殴られた。その後、車の中へ押し込まれる。
 あふれてきた涙を拭いながら、尊は運転する中嶋へ、どこに行くのかと尋ねた。彼はミラー越しに、「約束破っただろ」と睨んでくる。ドアを開けて外へ身を出そうと思ったが、ロックが外れない。パニックに陥っている尊は、車中を何度も見回した。あの時の白いバンではない。それなのに、車が向かう先にはどんどん緑が増え、あの場所に向かっているのではないという気がしてくる。
 到着したのは森ではなく、郊外にある廃墟ビルだった。その中の一室へ投げ込まれて、そのまま殴られる。恐怖から頭をかばうようにして、子どものように泣いた。
「何でおまえなんだ!」
 中嶋がそう叫び、尊は腹を蹴られて仰向けになった。彼も泣いていた。胸をえぐられた気分になる。自分がいるせいで、未来を好きな人間が傷つく。だが、それでも未来のそばにいたいと思う自分が浅ましい。
「未来は、口もきいてくれない。俺のこと、存在しないみたいに扱うようになった」
 中嶋の手が尊の両手を押さえ込む。
「あいつは、おまえのこと、抱くのか?」
 全身の痛みに耐えるため、歯を食い縛っていた尊は首を横に振った。中嶋が涙で濡れた頬を光らせて、笑みを作る。
「あいつは忘れたふりするんだ。だったら、憎まれてもいいから、忘れられない存在になりたい」
 乱暴に服を脱がされ、尊は泣き叫んだ。
「ぃ、いや、あ、いやだ、やめて、やめっ」
 喉が潰れるのではないかと思うほど叫んだ。相手はたった一人なのに、その強い力で押さえ込まれていると、過去の出来事が去来する。圧縮されていく感覚に似ていた。体を縛られて、身動きが取れない状態で、体のいちばん無防備なところへ刃が突き刺さる。鈍い音が聞こえた。中嶋に頬を殴られた音だったが、尊にはぎりぎりいっぱいまで圧縮された心が破裂する音に聞こえた。
 ポケットに入っていた携帯電話の着信音が響く。尊を貫いていた中嶋が動きを止めて、携帯電話に出た。尊はぼんやりと薄汚れた天井を見つめる。あの時は目隠しされていて、真っ暗だった。解放された時に見た空には星が輝いていた。中嶋が語気を荒げる。
「ほら、気持ちいいって言え! おまえから誘ったんだろ!」
 ディスプレイには、「橋口君」と表示されていた。だが、尊の瞳は天井に見える星をとらえている。中嶋が体を動かし、尊の口から声が漏れた。
「きもち、い、です、おれが、さそった、おれ……」
 尊さん、と未来の声が携帯電話から聞こえてくる。謝っていると、中嶋が左の耳たぶへ触れた。
「指輪代わりなわけか」
 馬鹿にするように笑い、ピアスだけを引いた中嶋は、キャッチごとピアスを引き上げた。耳がちぎれるような痛みに、尊は大声で叫ぶ。左の耳たぶが異常に熱かった。中嶋は血にまみれたピアスを部屋の隅へ投げる。
「っい、う、いた」
 尊は左手で耳を覆いながら、痛みから泣いた。中嶋は笑うだけで、再び腰を打ちつけ始める。早く終わることだけを願い、尊は目を閉じた。

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