あいのうた26 | ナノ





あいのうた26

 未来の指先が間取り図の上で動いていく。
「ここはホールで、ここがテラス、玄関、二階は居住スペースで、ログハウスができた当初は二部屋に分かれてたけど、今は一部屋になってました」
 携帯電話を取り出した未来が、撮影した写真を見せてくれる。大家がまめに掃除しているのか、中はかなりきれいな状態だった。
「地元じゃ有名なイタリアンレストランで、経営者で所有者の人が亡くなってからは、今の大家さんが維持してるそうです。田舎だから、あんまり借り手がつかないって言ってたけど、知り合いの話だと、大家さんが借り手を選んでるって言ってました」
 大家から気に入られたと、未来は笑う。
「家賃、十万にしてくれたんです」
「え、本当?」
 間取り図や写真で見る限り、その家賃は安過ぎる。未来が駆け出しのデザイナーであることや、同居人とともに静かに暮らしたいことを話したところ、大家はあっさり頷いたらしい。
「その代わり、条件があって……」
 先を促すと、未来は真剣な表情になる。
「厨房やホールは改装していいって言ってました。でも、庭の、この一角だけは、今のまま維持して欲しいって」
 未来は携帯電話を操作して、庭の写真を見せてくれる。そこには赤レンガに囲まれた花畑があった。手入れがされており、十月頃から咲く季節の花が咲き誇っている。
「尊さん、土いじり、好きですか?」
 コスモスやビオラ程度しか分からないが、こういうきれいな庭を作るのは楽しいだろうと思った。頷くと、未来は、「俺も好きです」と笑う。
「あ、そういえば、尊さん、実家へは電話しましたか?」
 尊はその問いかけにも頷いた。実家へ帰らず、友達とルームシェアすると、母親へ告げている。少し残念そうな声だった。この機会を逃せば、おそらくもう実家へは帰らないだろうと予感している。そして、両親に自分がどんな人間であるか、話す機会も失う。家族にカミングアウトしている未来と彼の両親のことを思えば、知らないでいるということは両親にとって必ずしも不幸なことではないと考えられた。
「楽しみだなぁ」
 未来が間取り図を見ながら、独白する。自分と一緒にいることを喜んでもらえて、尊は胸が熱くなった。涙をこらえていると、彼はいつものように気づき、そっと指の腹で目尻を拭ってくれる。
 視線が絡み、未来がくちびるへキスをしようと少し屈んだ。とたんに怖くなり、目を閉じて肩をすくめる。未来のくちびるが髪に触れ、彼は尊の左手を持ち上げて、手の甲へキスをくれた。好きなのに、と思う。自分も彼のことが好きなのに、どうして彼の気持ちを受け止められないんだろうと思案し、悲しくなった。
 過去のことは何も話していない。中嶋と彼の連れてきた男達のことも、何があったのかはきちんと話していない。尊には、未来とセックスをするという想像がまったくできなかった。彼がキスを落とした左手の甲を見つめ、左の耳たぶをつかむ。
「橋口君」
 まだ下の名前で呼ぶ勇気はなかった。こちらを見つめた未来を見返す。
「……ピアス、あけようかな」
 尊は自分のことを笑ってしまいそうになる。ピアスをあける痛みのほうが、無理やり貫かれる痛みよりましだと思ったからだ。だが、未来が無理やりするなんてあり得ない。彼自身を受け入れられない代わりに、耳へ彼の気持ちを通すことで、自分の気持ちを理解してもらおうとしている。早くしないと、という思いはずっとあった。早く受け入れないと、「どれだけ気をもたせれば済むんだ?」と言われるかもしれない。
「いいんですか?」
 未来はそう聞いてきたが、表情は嬉しそうだ。その表情だけで、自分の決心は誤りではないと分かる。もっと早くにあけておくべきだった。
「うん。あけてくれるかな?」
 未来は頷き、「明日しましょう」と言った。決心が鈍らないように、すぐにでもあけて欲しいが、穴をあけるために必要な道具がないと聞いて、明日まで待つことにした。

 尊はサイドの髪を耳へかけて、左耳に光るピアスを見つめる。後片づけを終えた未来が手元の鏡をのぞき込んだ。
「思った通り、ブルートパーズは尊さんによく似合いますね」
 針を太くしたようなニードルであけると言われた時は、ものすごく痛いのではないかとあせったが、終えてみれば大した痛みではなかった。
「ありがとう」
 未来を見上げると、彼は頬を染める。彼のこういった反応が、彼が自分に好意を寄せてくれている証に思えて、嬉しい。どうして自分なんかを、と思う、その劣等感そのものが、彼に好かれているという優越感に変化する瞬間だった。
「俺、実は自分自身にアクセサリー、つけるの好きじゃないんですよ」
 未来は隣に座り、向き合う形に椅子を動かした。
「でも、デザインをイメージするのは好きです。特につけて欲しい人に合うデザインを考えるの、すごく楽しい」
 尊がその言葉にほほ笑むと、未来が前に体を傾け、顔を近づける。
「尊さんのことを思ってデザインする時は楽しいだけじゃない」
 すごく幸せになります、と続いた言葉に、尊は胸がいっぱいになった。

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