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 未来が気に入ったログハウスをよく見ると、その物件には家賃表記がなかった。不動産会社の名前もない。
「それ、知り合いの知り合いから教えてもらった極秘物件なんです。今週末、見にいくんですけど、尊さんも一緒に来ますか?」
 尊は少し考えてから首を横に振る。今週末で仕上げないといけない仕事があった。オーナーは家賃不要だと言って、金を受け取ってくれないが、出る時に包んで渡そうと思っている。それに、どこへ引っ越すにしても、最初は何かと物入りになるだろうと、いつもより多く引き受けていた。
「分かりました」
 未来が部屋を出た後、尊は間取り図を見直した。四十坪はいくらなんでも広過ぎる。男二人と犬一匹にはぜい沢だ。だが、他の物件も似たような広さで、家賃はだいたい十五万から二十万だった。車がないと不便な場所は安くなっている。
 尊はペーパードライバーで、大学生の時に免許を取って以来、運転していない。もし、車がないと生活できないような田舎へ引っ越せば、その分、また未来に迷惑をかけてしまう。溜息をつくと、コーヒーを持って上がってきた未来が、「どうしたんですか?」と聞いてくる。
「俺、免許あるけど、運転してないから、田舎に引っ越したら、橋口君に迷惑かけると思って」
 未来はパソコンから離れた場所にコーヒーを置く。
「出かける時は俺が車、出します。この辺じゃ、練習できないけど、広くて通りの少ない道路で練習すれば大丈夫です」
 冷蔵庫を開けて、中にあった昨日のおかずの残りをテーブルに置き、未来は茶碗へ白飯をよそう。尊はすでに下で食べていた。キーボードを叩きながら、仕事へ集中する。
 未来はほとんど大学へは行かず、自宅で請け負った仕事をこなしたり、引っ越しの準備をしたりして過ごしている。彼の母親が会いにきたことは内緒にしていたが、彼女から聞いたらしい。彼が本気で怒ったところを初めて見た。その怒り方が恋人だった彼に似ていて、尊が顔色をなくしてうつむいていると、未来はすぐに気づいて、無理に笑みを浮かべていた。
 もう両親とは話をしない。そう言った未来に、そんなふうに言わないで欲しいと尊は懇願した。自分の存在が未来の家族関係も壊していく。そのことを考えると、本当はすぐにでも未来の前から消えてしまいたくなるほど苦しい。未来の優しさにすがった後、今ではもう完全に寄りかかっている状態だった。自分のことを好きだと言う彼は、そう伝えてくるだけで何かを要求してこない。
「……尊さん」
 画面を見つめながら、いつの間にか考え事に集中してしまったらしい。未来が苦笑する。
「また夜に来ますね」
 未来はそう言って、間取り図のコピーは置いたまま、部屋から出ていった。仕事の邪魔をしたくないという彼なりの気づかいだった。夜はこちらへ泊まることはないが、一緒に夕飯を食べ、自分が寝つくまでそばにいてくれることを知っている。
 尊はログハウスの間取り図を手にした。見知らぬ土地で未来と一から生活を始める。不思議なほどやる気が出てきた。ただ食べるためだけに仕事をするのではなく、未来との生活のために仕事をする。その有意義なことに気づき、尊は知らぬ間にほほ笑みを浮かべた。

 週明けに満面の笑みを浮かべた未来が、「抱き締めていいですか?」と興奮気味に聞いてきた。尊が頷くと、彼は大きく腕を広げて、ぎゅっと抱いてくる。
「ログハウスの家で決まりそうです。大家さんがすごくいい人で、家賃も安くしてもらえました」
 未来はよほど嬉しいのか、だんだんと抱き締める力が強くなる。尊は彼の背中へ回していた手で、軽くその背を叩いた。
「橋口君、苦しい」
「あ、すみません!」
 未来は体を離したものの、彼の腕はまだ尊の体を抱いている。尊は彼を見上げて、笑みを向けた。
「よかったね。色々、ありがとう」
 しばらく見つめ合った後、未来は急に体を離した。顔を赤くして、不自然に目をそらす。照れているのだと分かり、尊まで恥ずかしくなってきた。
「あー、尊さん、間取り図、まだあります?」
 未来はオーナーの部屋の中をきょろきょろと見回す。尊はソファベッドのある部屋から、ログハウスの間取り図を取ってきた。椅子に座った彼の隣へ座ると、彼が一階部分を指さす。
「実際に見にいって分かったんですけど、この一階の奥のところはキッチンというか厨房でした。ここ、昔、レストランだったんです」
「そうなんだ」
 リビングがやけに広いと思っていたが、奥が厨房なら、リビングはホールになっていたのだろう。

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