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 デスクトップパソコンは場所を取るため、オーナーの部屋へ置かせてもらった。シャワーやトイレもオーナーの部屋にしかないため、尊は申し訳ないと思いながらも、部屋を行き来している。早く仕事を終わらせようと、パソコンと向き合っていると、ノックの音が響いた。
「尊さん」
 顔を出した未来が紙袋を片手に中へ入ってくる。
「おかえり」
 ここへ一時的に暮らし始めてから、十日程度経った。もちろんオーナーに気をつかい、なるべく早く部屋を見つけたいと思っている。ただ、部屋については未来に任せて欲しいと言われていた。
 尊は基本的に喫茶店から出ることがない。下で食事をした後はここに戻り、仕事をして、外に出るのは睡眠導入剤をもらう時くらいだ。その時は必ず未来がついてくる。
「ただいまです」
 笑顔を見せた未来は向かいではなく、隣に座る。以前に増して一緒に過ごす時間が増え、尊は未来がどんな仕事をしているのか知ることができた。大学卒業を控えているが、デザイナーの道へ進むと決めた彼は、過去に獲得した賞を足がかりに様々なデザインを発表している。そのうちのいくつかはアクセサリーやジュエリー関連会社の人間の目に留まり、新しい仕事を得ているようだ。
 右手を伸ばした未来が尊の右肩へ触れた。体を強張らせても、未来は顔色を変えたりはしない。無遠慮な感じではなく、自分なら受け入れてくれるという自信を持って、彼は触れてくるようになった。だが、決して無理強いはせず、性的な接触はしてこない。
「見てください。いくつか、いいなって思ったのをコピーしてもらったんです」
 間取りが印刷された紙をテーブルに並べられ、尊は近くの一枚を手にする。戸建て住宅の間取りだった。もう一枚を見ても、やはり戸建てであり、五枚のコピーすべてを見つめる。
「どうして一戸建てばっかり……」
 よく見ると、所在地もばらばらだ。市内の物件はなく、車で三時間以上かかりそうな物件まである。
「尊さんがあんまり希望を言ってくれないから、俺の希望で選んでみたんです」
 未来は少年のように笑い、二階建てになっているログハウスの家を見せてくる。
「俺のお気に入りはここです。ログハウスですよ。庭も大きいし、レトリバーが飼える」
「犬が飼いたいの?」
 思わず笑うと、未来は肩に当てていた手を動かして、尊の手から間取り図を奪った。彼は笑いながら、「大きい犬と暮らしたいです。それに、俺がいない間、尊さんを守ってくれる存在がいたほうが安心です」と言った。尊は頬に熱を感じながら、視線をそらす。
「橋口君は、変だ」
 自分なんかを好きになって、こんなに尽くしてくれる。手に触れていた未来は、指先に力を込めてハンドマッサージを始めた。最近、彼は手を取ると、よくマッサージを始める。
「変ですか? でも、俺の両親、動物飼うの許してくれなくて、金魚すらダメって言われたから、何か大きい家で犬と暮らすの憧れます」
 左手のマッサージを終えると、未来は尊の右手をつかんだ。
「マンションだと大型犬不可のところが多いし、それに、近所付き合いのこと、考えたら、マンションより、戸建てのほうが隣に住んでる人、覚えやすいでしょう?」
 そうだな、と思いながら、尊は未来が気に入っている物件を見た。ログハウスは確かに素敵だと思うものの、およそ四十坪もある住居空間に加え、庭や駐車スペースのあるこの物件は、そうとう値が張りそうだ。
「全部、賃貸物件?」
「購入もできます。でも、残念ながら、俺の今の貯金額では無理です」
 声を立てて笑った未来とは対照的に、尊は青ざめる。同棲するなら当然、家賃は折半するべきだ。その話し合いをしていなかった。自分の現在の貯金額を思い出す。尊は翻訳だけの仕事しかせず、貯金を使い込んでいた自分を恥じた。
「いずれ俺が世界的なデザイナーになったら、尊さんは働かないで、好きなことして過ごしてくださいね」
 八歳も若い未来が将来のことを語る時、以前は若いな、と思って苦笑していた。だが、今はこんなふうに自信を持って言える彼が羨ましい。そして、彼の将来に自分がいることが嬉しかった。
「家賃は折半にしよう。身の丈に合った物件を選ばないと、俺、破産するよ」
 涙を拭って笑うと、未来もほほ笑んで、そっと頬をつたった涙を指先で拭いてくれた。

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