あいのうた23 | ナノ





あいのうた23

 だが、未来は笑っただけだった。
「いえ、全然気にしてません。だって、尊さん、弱ってる時にはいつも俺を頼ってくれてるから、それって俺のこと、信頼してくれてるってことでしょう?」
 未来はピアスを手にして、尊の手首をつかむ。手のひらを開くと、小さなピアスが置かれた。
「つけてください」
 握ったら、未来の気持ちにこたえることになる。尊は手の中のピアスを見つめた。
「……中嶋君の気持ちはどうなるの? 君のことが好きな子達の気持ちは?」
 尊の手を挟み込むように、未来の両手が重なる。尊が彼を見ると、彼はこちらを見て苦笑していた。
「じゃあ、俺の気持ちは? 尊さんの気持ちは? 全員が幸せになるのは難しいけど、俺はあなたを幸せにしたい。それはいけないことですか?」
 頬をつたう涙がくすぐったい。たった一人を幸せにすることは自己中心的なことではないはずなのに、それは誰かを傷つけることにもなる。こたえあぐねていると、未来が握っていた手に力を込めて、尊にピアスを握らせた。
「そういうところも好きです」
 立ち上がった未来が、少し前屈みになり、尊の手にキスを落とした。
「っう、く」
 喉の奥から嗚咽が漏れる。すでに目が腫れていたから、涙を拭うと肌が痛んだ。それでも涙は止まらずに、感情とともにあふれていく。
「な、で、おれ、なん、か」
 カウンターの上からおしぼりを取った未来が、軽く押さえるように尊の頬やまぶたへ当てる。
「おれ、めいわっ、く、めんど、になるっ」
 夜、うなされていると、彼に起こされた。最初の頃は翌日に仕事があっても、根気強く一緒に起きていてくれた。しだいにいら立っている彼の様子に気づき、尊は睡眠導入剤を飲むようになった。そうすれば朝まで起きないからだ。
 優しかった彼がだんだんと変わっていったことを思い出す。そうさせたのは自分だ。未来のこともそういうふうに変えてしまうのが怖い。今は優しい彼が、自分と過ごすことで疲労し、変わっていく。嗚咽はおさまらず、尊は手の中にピアスを握り締め、子どものように泣き続けた。
「大丈夫です」
 未来が力強くそう言い、そっと抱き締めてくれる。
「そばにいさせてください」
 尊は未来の胸の中で、目を閉じる。椅子から降りた状態で彼の温かい熱を感じながら、感情の高ぶりに合わせて漏れる嗚咽を抑えようとした。未来が頭にキスを落とす。泣き過ぎているのか、頭痛がひどくなってきた。本当は誰かを傷つけることが怖いのではなく、自分が傷つくのが怖かった。抑え込んできた願望が出てくる。尊は小さな声で、「誰にも会いたくない」と言った。
 返事はなかったが、未来の大きな手が背中を擦っていく。激しかった嗚咽がしだいにおさまってきた。ずっと彼へあずけていた体を少し動かす。
「ごめん」
 ひどい顔になっているだろうと思い、尊はうつむいたまま、手のひらを開く。淡いブルートパーズがきれいだ。ピアスをつまみ、カウンターの上にある小箱へしまう。
「お腹、空いてませんか?」
 首を横に振ると、未来はグラスにミネラルウォーターを注いでくれた。
「ここで眠ってくださいね。明日、尊さんの私物、こっちへ運びます。新しい部屋が見つかるまでの間だけですから」
 尊はグラスを受け取る。
「ほんとに、家、出るの?」
 ミネラルウォーターを一口飲んでから、尊はグラスをカウンターへ置いた。その手に未来の手が触れる。
「両親と分かり合うには時間がかかります。でも、俺は自分のことは自分で決めたい。友達の親が不動産会社で働いてて、もう何件かピックアップはしてます。部屋の保証人には伯父さんがなってくれるし、来月半ばまでには落ち着きたいですね」
 そうだ、と未来はジーンズのポケットから錠剤を取り出した。
「とりあえずテーブルの上にあった分だけ持ってきました」
 最後の一錠だったが、これがなければ眠れない。尊は礼を言って、薬を飲んだ。
「すぐ眠くなるんですか?」
 頷くと、未来が階段へ誘導してくれる。ソファベッドへ横になると、未来が笑みを浮かべて、髪をなでてくる。
「おやすみなさい」
 眠る前に「おやすみ」と言える相手がいなかった。尊は結んでいたくちびるを開き、同じように言葉を紡いだ。眠るまで未来の気配を感じ、尊はそのことに安堵している自分に気づいた。

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