あいのうた22 | ナノ





あいのうた22

 見覚えのあるソファベッドの上で目覚めた。尊は足を下ろし、脱がされていた靴を引き寄せる。まぶたを擦るとひりひりとした。未来はどこだろう。階下へ行くと、ちょうどオーナーが扉の前に閉店の札をかけていた。
「あぁ、渡辺さん、おはようございます」
 オーナーはにっこりと笑う。もう四十代だと聞いていたが、彼はもう少し若く見える。
「すみません、俺……」
 尊は自分の肩を抱く。激しく揺さぶられた記憶がよみがえった。視線で未来の姿を探すと、オーナーが苦笑した。
「未来なら出かけてる。そのうち帰ってくるだろう」
 カウンターに入ったオーナーは、「コーヒーでもいれようか」と、尊に座るよう促す。彼はおしぼりを手渡してくれた。
「未来と暮らすんだって?」
 ホットコーヒーを尊の前に置いて、オーナーは椅子を運んだ。カウンターを挟んだ向かいに彼が座る。尊はどうこたえていいのか分からずにうつむく。
「俺の弟、つまり未来の父親だけど、彼はなかなか頭の固い奴でね」
 オーナーは熱いコーヒーを一口飲む。
「親子関係はあまりよくないんだ。それで、未来はよくここへ泊まりに来てた」
 オーナーの視線が二階を見上げる。あのソファベッドはそのためにあるのだろう。尊は彼の話を静かに聞いた。
「君に未来を紹介した時、あの時から予感はしていたんだ。あの子はあまり他人に興味を持たないのに、君のことだけは聞きたがっていたから」
 尊はその言葉に頬が熱くなるのを感じた。好きだと言われても、いったい自分のどこがいいのか分からなかった。だが、そんなに前から興味を持っていたと言われると、ほんの少し胸が躍る。
「未来は部屋を見つけるまで、君をここに置いて欲しいと頼んできた」
 驚いて視線を上げると、オーナーはほほ笑む。
「俺としては断る理由もない。君さえよければ、しばらくうちに来たらいい」
 何も考えずに頷きたかった。だが、どこまで迷惑をかけてしまうのだろうかと思うと、尊は楽な道を選ぶことができなかった。未来が戻ってきたら、話し合わなければならない。
「ありがとうございます。あの、俺、たぶん実家のほうへ帰るので、大丈夫です」
 オーナーはそれ以上は何も言わず、コーヒーを飲み終わると後片づけの続きを始めた。扉が開く音に振り返ると、髪を乱した未来が前髪をかき上げながら中に入ってくる。
「ただいま」
 不機嫌な声だったが、未来は尊を見た瞬間、笑みを見せた。
「尊さん、起きたんですか? よかった。俺があんまり激しく揺すっちゃったから、脳震とうを起こしたのかなってあせったんですよ」
 伸びてきた手に目を閉じて身を引くと、未来の手が尊へ触れることはなかった。そっと目を開けてうかがうと、悲しい瞳をした未来が腕を下ろす。
「俺、上にいるから」
 オーナーは気を利かせているのか、そう言って階段を上がっていく。隣に座った未来は、「暑い」と言って、上着を脱いだ。ふとその上着に視線を落とすと、袖口に赤い塗料が付いていた。すぐに塗料ではなくて血痕だと気づく。
「取り返してきました。中嶋達はもう二度と、あなたを傷つけません」
 未来はジーンズのポケットから小箱を取り出した。彼の長い指先がふたを開くと、中にはリーフがモチーフになっているピアスがある。
「尊さん、あなたが抱えているものが何か、俺はまだよく知らない。でも、俺はミツヒコとは違います」
「え?」
 どうして未来が恋人だった彼の名前を知っているのか分からず、尊は未来を見つめ返す。
「うわ言みたいに、彼の名前を呼んで謝ってました」
「……ごめん」
 病院へ連れて行ってくれたのも、意識がない時に面倒を見てくれたのも、未来だ。それなのに元恋人の名前を呼ぶなんて失礼過ぎる。

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