あいのうた20 | ナノ





あいのうた20

 熱いおかゆに息を吹きかけながら、尊はゆっくりと口へ運ぶ。
「味つけ薄かったかな」
 同じようにおかゆを食べている未来が独白した。
「ちょうどいいよ」
 尊は作ってくれたことへの感謝を込めて、そう言い、梅干をスプーンの先で潰す。未来が喜びを隠さずに笑った。
「ところで、尊さん」
 部屋の隅に寄せてあるダンボールへ視線を向け、未来がこちらを見つめた。
「引っ越しの準備、進めるみたいですけど、部屋、見つかったんですか?」
 部屋が見つかるまで、未来のところに住むという話だった、と思い出す。自分は検討すると言った。
「あ、うん、そうなんだ。部屋が見つかって」
「じゃあ、俺も一緒に住みます」
 大きな一口でおかゆを食べた未来は、グラスに入っていた麦茶を飲み干す。彼の母親が言っていたように、彼は家を出て自分と暮らすと言い始めた。未来の目を覚ましてやって欲しい、と頼まれた。だが、尊にはどうすればいいのか分からない。
「俺、実家に帰ろうと思って」
「実家ですか? どこですか?」
「A県。だから、一緒には暮らせない」
 実家へ帰ると言えば、諦めてくれると思った。だが、未来はまるでその選択肢も検討していたと言わんばかりに口を開く。
「尊さんに話してなかったけど、俺の仕事、あなたと同じでどこでもできるんです。家も出たかったし、一緒に行きます」
 尊は未来を見た。笑うと左頬にえくぼができる。未来のことを傷つけたいわけではないのに、彼を傷つけなければ、彼の家族を傷つけてしまう。どうして関わったのだろうと思った。恋人と別れた後、誰にも知られずに消える方法を選べばよかった。実家に帰っても居場所はない。自分を偽ることは、自分を消すことと同じだ。
「……尊さん」
 未来の笑みが苦々しいものへと変化する。尊は涙を流していた。震えるくちびるを結び、嗚咽をこらえる。
「実家に帰って、見合いして、結婚する。もう誰も傷つけたくない」
 涙を拭おうとしたら、未来が左手首をつかんだ。決して強い力ではない。だが、振り払うことはできなかった。
「俺は自分がゲイだって、中学の時に気づきました」
 未来の真剣な瞳に射られ、尊は視線をそらせなくなる。
「でも、それは口に出していいことじゃないって分かってたから、告白してきた女子と付き合いました。キスをした時、やっぱりすごく違和感があって、彼女を振りました……高校の時は、もっとひどい。自慢じゃないけど、先輩や後輩から告白されて、その中でいちばん髪の短い子と付き合った」
 未来はふっと思い出を振り返るように目を閉じてから開く。瞳はうっすらとにじんでいた。
「……一年くらい、キスだけでごまかしてた。エッチしようって言われて、彼女の胸を見た時、たたなかった。彼女は何とかしてくれようとしたけど、俺、風邪気味だからって言って、帰らせました。その後、本当の理由は隠して、別れました。尊さん、俺は、自分を偽って、たくさんの人を傷つけてきました」
 左手を握る未来の手が離れた。彼は両手で尊の手を包み込む。
「初めて会った時、あなたは俺を見て怯えてた。誰も傷つけたくないって言って、薬を飲まないと眠れないって言って、でも、いちばん傷ついてるのはあなた自身なのに」
 ずっと抑え込んで、溜め込んでいたものがあふれそうになる。視線を上げると、未来は泣いていた。彼はどうしてこんなにまっすぐなんだろう。実家へ帰らず、彼と二人で部屋を借りて暮らす、という生活を想像した。ほんの少し体を動かした瞬間、無理やり犯されたアナルの痛みに拳を握った。

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