あいのうた19 | ナノ





あいのうた19

 夢うつつの世界では、恋人の声に責められることもあれば、優しく声をかけてもらえることもある。今日だけは優しい言葉が欲しかったのに、耳にハウリングしたのは責める声だった。尊は子どものように泣きじゃくりながら、ふらつく足取りで外へ出る。誰かにこの苦しみを分かって欲しい。身動きが取れず、窒息していく寂しさから救い出して欲しい。
 二度と恋はしないと決めていた。だが、もう分かっている。どうしようもなく未来へ魅かれている。彼の母親が危惧した通りだった。尊はもうずっと前から、未来の手を取り、自分のところまで引きずり下ろしたかった。
 喫茶店のある大通りまで歩いていた。車のライトがまぶしくて、立ち止まると、差し入れのプラスチック容器が入った袋を提げた未来が、「尊さん!」と大声を出す。彼はまっすぐにこちらへと駆けてきた。尊はふらついて、その場に座り込む。
「尊さん、大丈夫ですか?」
 酔っていると思ったのか、未来は尊の体を持ち上げた後、側溝のそばまで誘導して、背中を擦ってくる。
「よってない、ただきぶんが、わるくて」
「分かってます。顔色が悪いですよ。吐きそうですか?」
 頷く前に、尊は頬をつたう涙を拭った。
「いっぱい、くすりのんだ。そしたら、ねむれる。いやなことも、わすれるけど、たのしいこともない」
 にじんだ未来の表情が歪む。尊はこんなふうに悲しい顔をさせたくないと思った。
「おれは、いつもだれかをきずつけるから、きえたほうがいいって……」
 出会わなければよかった。自分は今また未来を傷つけている。肩が温かくなる。尊の体は未来の腕の中にあった。
「尊さんのそういうところが優しいって言ったんです」
 尊は目を閉じて、未来の胸に頬を寄せる。この感覚を知っている気がした。いたわるように髪をすく指先に、擦り切れた神経が丸くなっていく。
「ねむい」
「寝ててください」
「はきそう」
「吐いてもいいですよ」
 背負われて揺れる肩に頬を寄せる。
「鍵、開けてきたんですか?」
 未来の驚いた声が聞こえる。尊はトイレまで這い、胃液と薬を吐き出した。しばらくすると、未来がグラスに水を入れて運んできた。
「口、ゆすいでください」
 言われるままに水を口にして、便器の中へ吐き出す。壁に背をあずけ、目を閉じた。強烈な眠気に尊は意識を手放す。
「尊さん」
 布団に行きますよ、と未来が言った。尊はよかったと思った。今日は優しい夢だ。

 食欲で目が覚めたのは久しぶりだった。おいしそうな香りが漂っている。尊が起き上がると、未来がキッチンに立っていた。
「尊さん、おはようございます。おかゆ、作ってるんです。もうすぐできますから」
 尊は片づけていないダンボールを見つけて、慌てた。未来には内緒で実家へ帰るつもりだった。いったい彼はいつからいるのだろう。出迎えた記憶もない。立ち上がろうとした時にアナルから背中へ走った痛みに気づいた。
 昨日は中嶋が来た。未来の母親も来た。それから、自分はどうしたのだろう。手を布団について考えていると、未来がテーブルを持ち上げて、足のあたりへ置いた。
「病院っぽいけど、このほうが食べやすいかも」
 未来は小さな笑みを浮かべ、おかゆをテーブルに置いた。
「ありがとう……」
 小皿には梅干があった。
「いただきます」
 スプーンを手にしたら、未来がそっと手を伸ばして、髪をなでてくる。ぎゅっと目を閉じたが、彼は気にした様子はなく、親指の腹で額へ触れた。
「あれ、ここ、たんこぶになってません? 打ったんですか?」
 尊はあいまいに頷く。

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