あいのうた12 | ナノ





あいのうた12

 尊は毎日、未来に会えるわけではない。未来は週三、四回程度しか喫茶店へ来ないからだ。オーナーの代わりに一日中、いることもあれば、オーナーと二人で入っていることもある。
 今日はオーナーだけで、尊は何となく満たされていない自分を感じながら、近くのスーパーへ寄った。暦はすでに九月になったが、暑さは八月と変わらない。
 尊は未来の告白にきちんとした返事をしていなかった。それでも、彼は急かすわけでもなく、喫茶店のバイトに入った日は、差し入れを持って訪れた。
 今の関係は心地いい。尊はカゴの中に安売りされているカップラーメンを入れる。ピアスホールをあけてピアスをつけてみたい気持ちと、仕事を見つけるまではそういったことはすべきではないという気持ちの間で揺れる。それは、未来の気持ちを嬉しいと思っている自分と、誰かを受け入れて二度と傷つけてはいけないという思いの対立と似ていた。
 スーパーの袋を手に提げて、部屋の方角へ歩き出す。この周辺は駅まで徒歩十五分もかからないが、十分ではたどり着けない中途半端な場所だった。道はあまり広くなく、車との接触事故を避けるため、自転車ではなく徒歩を選ぶ人間も多い。
 以前住んでいた部屋を出る時、無意識に車の通りにくい地域を探していた。一つ通りを出れば大通りだが、自分の住む場所に車が入り込むことに抵抗があった。
「渡辺さん!」
 未来の声を聞くと、自然と笑みがこぼれた。尊は振り返り、声の主を見る。彼は友達と思われる人間と一緒に歩いていた。同じくらいの身長で、彼より髪が短い。紹介されるより先に視線が合い、一瞬だが睨まれた気がした。
「買い物ですか?」
 未来の声でそれは杞憂だと思い直す。初対面の人間から睨まれる覚えはない。相手も今は柔らかな笑みを浮かべていた。未来は尊の手から袋ごと持ち上げる。
「何ですか、これ。全部、ラーメンじゃないですか」
 呆れた様子の未来に、尊は苦笑して、「安売りだったんだ」と言い訳した。
「未来、紹介してくれよ」
 半歩ほど未来のうしろにいた青年が、未来の肩へ手を置く。
「あぁ、ごめん。渡辺さん、こいつ、大学の友達で中嶋(ナカジマ)です。中嶋、こちら渡辺さん」
 尊が会釈すると、中嶋も頭を下げた。少し伸ばした髪をうしろで結んでいて、それがよく似合っている。帰る方角が一緒なため、どちらともなく歩き出したが、尊が気をつかって二人のうしろを歩こうとすると、未来は少し歩幅をせばめて、尊に並ぼうとする。
「友達が退屈するよ。先に行って」
 笑って言うと、未来も笑う。
「今晩、行ってもいいですか?」
「え?」
「おいしいトンカツ、持っていきます。母自慢なんです」
 断る前に未来の指先がかすめるように尊の髪に触れた。その指先はすぐに空を切っていく。
「またあとで」
 未来はそう言って、少しの前のほうで立ち止まっていた中嶋を追いかける。尊は自分の髪へ手を触れた。知らぬ間に頬が緩んでしまう。
 部屋に戻ってから、無心に掃除をした。麦茶を飲みながら仕事を開始したものの、未来の来る時間が気になって、つい何度も携帯電話を確認する。尊は大学時代のいちばん楽しかった頃を思い出して、それと似た状況の今を手放すことが惜しいと思った。行き着く先が同じとは限らないのに、いつまでもネガティブに考えるのはよそうとさえ考えるようになった。
 事実、未来が泊まり込んだあの夜から、気持ちが安定している。もう少し頑張れば、ピアスホールもあけられそうだと、尊は耳たぶに触れながら、パソコン画面に映る文字を読み始めた。

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