あいのうた10 | ナノ





あいのうた10

 尊は目の前にあったホットサンドとサラダを食べ、オレンジジュースを飲み干す。店内には未来目当ての女性客の姿があった。
「コーヒー、いれますね」
 未来がカウンターの中から声をかけてくる。尊は、「お願いします」と言いながら、空になった皿をカウンター台の上へ乗せた。彼は昨日の告白が嘘みたいに、いつも通り接してくる。視線が合えば、ほほ笑んでくれるが、尊はぎこちない笑みしか返せなかった。
「お待たせです」
 ソーサーの上に小箱がある。未来を見ると、彼は、「誕生日プレゼントです」と言った。
「そんな、気つかわなくていいのに……」
 だんだん小さな声になったのは、にこにこと笑う未来と目が合ったからだ。今までも何度か見られていることはあったが、今の彼の視線を知れば、自分をどんなふうに見ているのか分かる。未来の告白は嘘ではないということだ。
「ありがとう」
 小箱を手に取り、中を開けた。シンプルなピアスが入っている。スタッドピアスと呼ばれるタイプのもので、モチーフはリーフだった。リーフの先端には淡い小さなブルートパーズが光る。
「あの、俺、ピアスホール、あいてないよ」
 未来は頷いた。
「知ってます。いつかあけた時、ファーストピアスにしてください」
 客に呼ばれて、離れていった未来の背中から、手元のピアスに視線を落とす。恋人からもらった誕生日プレゼントはたいていネクタイや財布だった。アクセサリーを身につけることはないが、これまでにないプレゼントに新鮮な気持ちになる。
 もう一度、未来が戻ってきた時、尊は彼がデザインしたのかと尋ねた。
「はい、俺がデザインして作りました」
 尊は感心して、小さなピアスへ指先で触れる。
「すごいなぁ、こんな小さくてきれいなものを作る手なんだ」
 独白すると、未来が顔を赤くしていた。尊は再度、礼を述べる。
「ありがとう」
 口元を押さえていた未来は、少しだけ顔を近づけた。
「渡辺さん、返事はすぐにじゃなくていいけど、敬語じゃなくなったのは、少しは、俺に気を許してくれたって考えてもいいですか?」
 言われるまで気づかず、尊ははっとなった。距離を置いて接すると決めたはずが、逆のことをしている。
「い、いえ、その俺は……」
 慌てる自分を優しく見つめる視線に、尊は泣きそうになった。その視線がいつか自分を責めてくることを知っている。ピアスを小箱へ入れながら、尊はうつむいた。
「お、男同士とか、ちょっと……気持ち悪い」
 言葉にした瞬間、尊は自分自身へ刃を向けたような気分になった。女性をそういう対象にできないのは自分も同じだ。未来の反応を見ることが怖くて、そのまま外へ飛び出す。せっかく用意してくれたピアスを箱ごと置いてきたが、取りに戻る気はない。
 尊は部屋まで帰り、そのまま泣き崩れた。玄関部分から窓の外を見て、昔みたいだと思った。外に出られなくなり、一日中、窓から見える空を見ていた。夕陽の赤に目を閉じる。本当は別れた後、すぐに実行すべきだった。彼の知らないところで命を絶てば、彼を責めることもない。
 それができなかったのは、自分の弱さだ。尊はテーブルの上にあったピルケースから、睡眠導入剤を飲み込む。誰かとかかわる前に自分を消せばよかった。そうすれば誰も傷つけたりしないのに、と考える。
 外の色が変わっていく。乱暴に伸ばした手の先に冷房のリモコンがあった。大きな動作で尊は冷房をつける。ふわふわした心地だった。テーブルを隅へ寄せて布団を敷こうと思うのに、立ち上がったつもりが転んでしまう。尊はそのまま目を閉じる。また風邪を引く、と彼の声が聞こえた。
 インターホンが鳴り、尊は体を起こす。鍵を忘れたのかと思った。ふらつく足取りで鍵を開けてやり、帰ってきた彼に抱きつく。
「おかえり」
 胸に頬を押しつけた。彼が優しく抱き締めてくれる。何か言われたが、分からない。温かい体温が嬉しくて、尊は久しぶりに甘える。目を閉じたまま、その場で座り込むと、彼が抱えてくれた。頭の中で責める彼が存在するみたいに、優しい彼も存在しているのだと納得した。
 尊は彼にしがみつき、「さびしかった」と口にする。肩にあった手が背中へ回り、何度もさすってくれた。すべて許されていく気がする。尊は泣きながら笑った。

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