あいのうた9 | ナノ





あいのうた9

 車の中で飲まされた媚薬と受け続けた暴行のせいで、尊は車を降りた時、ふらついていた。知らない人間の手で射精させられたことも、精神的に大きな打撃を与えていた。尊は腕を縛られた状態で、薄暗い場所に座り込んでいた。必死に走ったせいで呼吸が速い。大きな息を漏らせば、それだけで男達に居場所がばれてしまうと思い、必死で口元へ手を当てた。
 逃げようにも、どこへ行けばいいのか分からず、男達は鬼ごっこだと言ったが、尊にとってはかくれんぼのような状態だった。携帯電話が見当たらず、森の茂みに身を潜めていた。早く朝になって欲しい。祈るように目を閉じる。つかまったら何をされるのか、明白過ぎて、想像もしたくない。
 目を閉じたまま、恋人の名前を呼び続けた。もちろん、ここまで助けにきてくれるはずはない。どうして、こんなことに、と新しい涙を流し、嗚咽を飲み込んだ。男達の笑い声が聞こえる。恐怖から身動きできず、尊は震えた。
「あー、それで隠れてるつもりなんだ?」
 尊はくちびるを噛み締める。涙がどんどんあふれてきて、視界を不明瞭にした。思い切って茂みから飛び出し、走った。だが、すぐに転んだ。男の一人が髪をつかむ。
「はい、つかまえた」
「っや、う」
 立たされた後、その場でまた暴行を受けた。腕を引かれて、車が停まっている場所まで連れ戻される。顔を覚えられは困る、と目隠しをされた。嗚咽を漏らしながら、拒否をしても、笑われるだけだった。車の中で最初にペニスをもてあそんだ男が、「こいつ、初めてじゃない」と言えば、あとはもうされるがままだった。
 ぼろぼろの状態でマンション近くに投げ出された尊は、返してもらった鞄の中に携帯電話を見つけた。時間はすでに明け方の四時近くで、恋人からは何度も不在着信とメールが入っていた。数百メートル先へ歩けば、自分のテリトリーに入ることは分かっている。だが、尊にはもう歩く力が残っていなかった。
 携帯電話を耳に当てて、鳴り続けるコール音を聞く。恋人の声を聞いた瞬間、止まっていた涙がまたあふれ出した。

 幸せだった時と同じくらい、最後の一年を思い出す。別れを切り出した時の、彼のほっとした表情は網膜に焼きついたのではないかと思うほど鮮明だった。彼はきっと今でも互いにとって、最良の別れと新しい一歩だったと考えているだろう。尊も彼のことを解放できてよかったと思っている。自分といれば、彼は辛いだけだった。
 だが、真夏の夜に起きた最悪の出来事よりも、その後の生活のほうが、尊の心を現在も苦しめている。
 壁際に座り込んだまま、尊は泣いていた。ポケットの中で携帯電話が震える。未来から、「さっき言い忘れました。お誕生日おめでとうございます。新しい一年が渡辺さんにとって素敵なものになりますように」とメールが届いた。
 尊は携帯電話を握り締める。返事はしない。誰かにすがろうとする自分を抑える。最初は心配していた彼も、日を追うごとにいら立っていた。体を求められた時、自分の意思とは無関係にひどい拒絶をした。
「おまえが誘ったんじゃないのか」
 尊は左手で耳へ触れる。
「その腕、おまえ、日焼けしないから、白いだろ」
「歩き方、それっぽく見える」
「そのうかがうような目、やめろよ。誘ってるみたいに見える」
 右手に持っていた携帯電話が床へと落ちた。尊は両手で耳をふさいだ。ふさいでも彼の声は響き続ける。泣いて呼吸困難に陥れば、いつまで引きずるのかと聞かれた。ベッドの上で拒否すれば、あいつらの相手はしたくせにという言葉を浴びせられた。苦しくて、限界を感じて、部屋から飛び降りようとしたら、助けられなかった俺を永遠に責める気かと泣かれた。
 ほんの数時間前、目の前で言われた言葉に、尊は自嘲した。きっと無意識に未来を誘っていたのだろうと思った。未来を二人目の彼にするわけにはいかない。好きな人を傷つけるのは嫌だった。
 尊は未来の瞳や凛々しい横顔を思い浮かべた。広い肩、長い指先、大きな手のひら、先ほど背中へ手を当てられた時の体温、すべてを一瞬のうちに思い出し、下着の中で窮屈にしているペニスへ触れる。
 自分がどれほど浅ましいのか、尊は理解している。未来のために、距離を置いて接するべきだ。好意は受け取れないと言うべきだ。だが、自分はその裏で、未来のことを思い描きながら汚れた行為に手を動かす。
 こんな最低の誕生日で始まる一年が、素敵な年になるわけがない。尊は静かに息を吐き、同時に手の中へ精を放った。

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