あいのうた7 | ナノ





あいのうた7

 未来が近づき、尊の手にあった袋を取る。
「俺が持ちます」
 おかしいと思っているのに聞かないのは、おそらく未来の優しさだ。尊は前を歩く彼の背中を追いながら、何度も方向を変えて、部屋のほうへ帰ろうと思った。できなかったのは、甘えているからだった。誰ともかかわりたくないという気持ちとまったく逆の気持ちがせめぎ合う。
「渡辺さん」
 赤信号で立ち止まった時、横に並んだ。未来が空いている左手を、ひらひらと目の前で動かす。視線を向けると、彼は安堵してほほ笑んだ。
「平気ですか?」
 頷いて、信号を見つめる。黄信号になり、車が猛スピードで交差点内に入ってきた。その車が同じ車種で、それを見た瞬間、尊は未来の背後に隠れ、彼の服の裾をつかんだ。ありふれた白いバンだった。これまでに見かけたことなど山ほどある。そのたびに怯え、苦しんだ。
「渡辺さん、どうしたんですか?」
 車はとっくに通り過ぎていて、横断歩道の信号機は青に変わっている。尊はつかんでいた裾から手を離し、ごまかすように笑った。
「何でもないです。すみません」
 先ほどまでかいていた汗が妙に冷たく感じた。

 箱から取り出すと、残念ながらチョコレートケーキは潰れていた。未来はそれを見ても気にせず、礼を言いながら、それぞれを皿に取り分ける。
「タルトだけど、交換したほうがいいですか?」
 未来は首を横に振り、「いただきます」とフォークを握った。オーナーもカウンターの中にある丸椅子に腰かけて、コーヒーを飲みながらチーズケーキを食べ始める。尊は熱いコーヒーを一口飲んだ。カランカランと音を立てた扉が開き、尊は未来と同じように扉のほうを見た。
「未来せんぱーい!」
 店内に入ってきたのは、キャミソール姿の女性だった。彼女が未来が在籍している大学の後輩だということは、尊にもすぐに分かる。尊はタルトに視線を落とし、アンズにフォークを入れた。
「何か用?」
 ひどく冷たい未来の声に、尊はアンズを頬張りながら聞き耳を立ててしまう。
「用っていうか、私もコーヒー飲もうかな……あ、ケーキもあるんですか?」
「ごめんね、ケーキはないんだ」
 オーナーが謝ると、彼女は、「じゃあ、先輩の一口もらお」と笑う。だが、未来は半分ほど食べていたチョコレートケーキを二口で食べ終わった。
「あー、先輩ひどい。私にも分けてくれたっていいじゃないですか」
 彼女は笑っているが、未来は少しもほほ笑まず、コーヒーを飲む。それから、尊のほうへ体を寄せた。
「渡辺さん、ごちそうさまでした」
 こちらを向いた未来は笑みを浮かべていた。尊はなぜかほっとして、ほほ笑み返す。財布からコーヒーの代金を取り出し、テーブルへ置いた。
「帰るんですか?」
 尊は視線を彼女へ向けた。後輩が遊びにきているのに、水をさしては悪いと思う。
「納期の近い仕事があるんです」
 オーナーに礼を言って、扉から出ようとすると、未来が追いかけてきた。
「送ります」
「先輩、どこ行くんですか?」
 カウンターチェアに座ったまま、彼女が声を上げる。尊は半分だけ扉を開いた状態で、未来に送る必要はないと言った。二十九歳になった男が、男に送ってもらうなんて変な話だ。
「でも、心配だから、送ります」
 未来は少し強引な形で、尊の体を押し出すように外へ出し、彼自身も後輩の声を遮るように一緒に出てきて、扉を閉めた。
「橋口君はもてるでしょう?」
 並んで歩きながら、尊は日頃から思っていることを言ってみた。先ほどの後輩は、尊から見ても可愛らしく、普段の大学生活がどんなものかは知らないが、想像はつく。恋人はいないようだから、おそらく好きな人がいるのだろう。優しい未来のことだから、意中の人以外からのアピールを断ることができず、自分を送ることであの場からうまく逃げだした、と尊は一人で納得した。
「もてるというか、そうですね、告白はよく受けます」
 未来は少し謙遜するような口調で言った。だが、彼なら自信満々で言われても、嫌味にならない。彼は見た目も性格もよく、人気があって当然だからだ。
「でも、本当に好きな人からは相手にされてないです」
 肩を落とした未来の様子に、尊はほほ笑んだ。

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