あいのうた5 | ナノ





あいのうた5

 医師から診察を受けている間に、未来が訪れた。点滴が終わったら帰ってもいいと言われ、礼を言う。
「渡辺さん」
 尊は未来を見てほほ笑んだ。
「橋口君、ありがとうございました。俺のこと、運んできてくれたって聞いてます」
 未来は首を横に振る。
「心配したんですよ。いつもは二日と空けずに来るのに、どうしたんだろうって。インターホンを鳴らしても出てくれなくて、ちょっとあせりました」
 管理会社へ連絡を取り、合鍵を使って扉を開け、倒れている尊を見つけたらしい。車で来てます、と言われて、点滴が終わった後は手続きを済ませ、駐車場へ向かった。セミの声が聞こえてくる。倒れていた時はバスタオルしか巻いておらず、未来は慌ててベランダにあったズボンとTシャツを持って病院へ運んだと言う。
 ズボンもTシャツも自分のものだが、半袖のため、変な感じがした。だが、長袖のパーカーやカジュアルシャツを持ってきてくれなかったからといって、未来を責めることはできない。
 病院とは明日、保険証を持ってくる約束をしていた。支払いも全額その時に済ませたいと言ったら、いくらか先に払って欲しいと言われ、財布にあった一万円札を差し出した。銀行へ行って引き出しをしないといけない。溜息をつきそうになり、自分が未来の隣に座っていることに気づいた。
 赤信号で停まった車内は、微弱な風でちょうどいい温度に調節されている。風邪をこじらせた自分への気づかいだろう。突然、五日間も入浴していないことを思い、尊は左手で右の前腕を握った。汗くさくないだろうか。視線を感じて、運転席を見ると、車が動き出す。
「渡辺さん、寒がりなんですか?」
「え?」
「いつも長袖、着てるから」
 未来は前を向いたまま話を続ける。
「そうだ、携帯電話の番号とメアド、教えます。もうこんなことあって欲しくないけど、何かあったら俺に電話してください」
 一瞬だけこちらを見て笑った未来は、ハンドルを握り、見慣れた道を通り過ぎていく。部屋の前は車が通れないため、喫茶店のある通りに一度、停車した。ハザードランプを出した彼は、携帯電話を出す。
「あ、あの、俺の携帯電話、部屋にあるんです」
 貴重品は財布と鍵しかなかった。未来は分かっているようで、「番号、言ってください」と言われる。番号を言うと、彼は発信してから切った。
「登録しておいてくださいね。あとでSMSで俺のメアド、送っておきます」
 尊は未来にもう一度、礼を言い、熱気で視界が揺らぐ外へと出る。喫茶店前からだと歩いて五分ほどでワンルームマンションまでたどり着く。振り返ると、未来がこちらを見ていた。車内から手を振ってくれる。尊は頭を下げた後、家路を急いだ。

 シャワーで汗を流し、冷蔵庫の中にあったミカンゼリーを食べると、尊は少し落ち着いた。忘れないうちにと思い、保険証と通帳を引き出しから取り出す。三日後が誕生日だった。尊は溜息をつく。通帳の残高を確認して、テーブルに上半身をあずけた。
 静寂はひどく不安をあおる。パソコンの電源を入れて、音楽を聞こうと思った時、携帯電話の通知音が響いた。携帯電話はシャワーを浴びる前に充電していた。手を伸ばして確認すると、未来からSMSが届いていた。不在着信の番号とともに電話帳へ登録する。
 尊は口元に笑みを浮かべて、未来へメールを返そうとする。仕事以外でメールすることじたいが久しぶりだった。うきうきとした気分で絵文字を使おうとしていることに気づき、今度は赤くなる。
「……何、考えてるんだ」
 尊は自分へ言い聞かせるようにつぶやいた。未来は喫茶店の店員であり、今回はたまたま助けてくれただけだ。その関係に何かを期待するなんて馬鹿げている。恋人が今の自分を見たら何て言うだろう。尊はテーブルへ肘をつき、手で顔を覆った。視界がにじんでいく。
 布団の上にあるタオルを羽織って肌を隠した。尊は泣きながら、自分自身を恥じた。未来は登録しておくように、と言っただけで、返事をして欲しいとは言っていない。どうして心が弾んでいたのか考えた。知らない間に男を誘おうとしている、と言った恋人の言葉が聞こえてくる。尊はメール作成画面を削除し、声を殺して泣いた。

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