spleen番外編17 | ナノ





spleen 番外編17(水川×里塚)

 部屋に入ると、「おかえり」と声が聞こえる。衣食住のうち、水川が重視するものは住む場所だった。スーツにもこだわりがあるが、そこまで高いものを身につけているわけではない。ふわふわした感触のソファに座り、体を伸ばすと、カウンターキッチンの奥で水川が笑った。
「遅かったな」
「校舎内の見回りもしたんだ。あ、ありがとう。買い出し、してくれたんだ?」
 カウンターの下にあるダンボールを見つけて、里塚は笑みを見せる。大みそかと元旦を寮で過ごす生徒達のために、里塚は毎年、水川とともにお菓子やインスタントのおしるこを配っている。
 人数は各学年十人もいない。寮長だけで面倒を見られるだろうが、何となく、毎年、顔を出していた。始めたのは里塚だったが、中等部の教師達も似たようなことをしている。
「風呂、わかしてあるから、入ってこいよ。俺、その間にお好み焼き、焼いておく」
「うん。ありがとう」
 初めて水川と体をつなげたのは、大学を卒業した年だ。県外の高校に決まったから、と同居解消を口にしたら、水川は泣きながら、一緒に住んで、水川が学園まで通うと言い張った。これまで気づかない振りをしていた気持ちを無視できず、里塚は水川に抱かれた。本当は抱かれてはいけなかった。彼は優し過ぎて、結局、離れてしまった後も、週一回は会い、抱かれることになった。
 その関係を水川は恋人同士と言い、里塚は彼の両親に気まぐれで抱いているだけですと説明していた。本命が見つかるまで、自分で遊んでいるだけです、本命がいれば、自分は身を引きますと言った。
 水川が見合い話を蹴って、両親とは縁を切ると言い出したのは、ちょうど里塚が学園への就職を決めようとしていた頃だ。このマンションもその時期に見つけていた。
「僕は負担にしかならない」
 別れ話を切り出したが、水川は頷かなかった。佐村を通して出会った時から、水川は自分のことが好きだったと言い、一生幸せにするとリングを渡されていた。里塚はまだそのリングをつけたことがない。水川はそれを非難することなく、愛してくれる。
 そろそろやめようと思っている。里塚は風呂から上がり、寝巻きに着替えた。お好み焼きとダイコンサラダを作った水川が、グラスにビールを注いでいた。学生時代から皆が憧れ、彼の隣にいることを望んでいた。彼はいつも自分のために隣を空けていた。
 志音と明史に感化されていないと言えば嘘になる。二人が必死に困難を乗り越え、結ばれていく様子を間近で見ていた。明史のように若ければもう少し素直になれたかもしれない。水川の誠意を受け入れるまで、こんなに時間がかかってしまった。
「貴臣(タカオミ)」
 水川の名前を呼ぶと、彼は視線を上げてほほ笑んだ。
「どうした?」
 水川の両親から、聞かされたことがある。彼は教職ではなく、航空大学へ進み、将来は国際線のパイロットになるのが夢だったらしい。教職へ変えたのは、自分のことが原因だった。担任に悪気はないだろうが、相談しようとしたにもかかわらず、結果的に里塚を救ってはくれなかった。
 里塚に養護教諭になれとすすめた時、水川は生徒に信頼される教師になりたいと言っていた。十代の子どもが安心して学び、時には遊び、あの頃は楽しかったな、と振り返ることができるような学園生活をサポートしたいと語った。
「教師になってよかったって思う?」
 こたえはもう知っている。
「あぁ。当たり前だろ」
「空を飛べなくても?」
 水川は少し驚いていた。それから、大きな口を開けて笑う。
「おまえ、いつの話してんだよ。それもうちの親から聞いたのか? まったく余計なことばっかり吹き込んで……」
「僕がここに縛りつけた」
 ポケットの中に入れている手にはリングがある。また別れ話だと思ったのか、水川が慌てた様子でこちらへ駆けてきた。大きな腕がぎゅっと体を抱き締める。
「空を飛ぶより、おまえのそばにいるほうがいい。愛してる。和葉(カズハ)のこと、愛してる」
 来年、三十五歳になる水川は精悍な顔だちをしている。歳を重ねるごとに男らしい深みを増す彼が、そっとくちびるへ触れた後、キスをくれた。里塚はポケットの中から手を取り出す。
「……た、貴臣、これからも、そばにいてくれる?」
 このマンションを購入した時、一緒に渡されていたリングを見せると、水川が懐かしそうに目を細めた。そして、里塚のことを抱き上げ、寝室へと移動する。ベッドに下ろされ、彼の姿を追うと、彼はサイドボードの奥から、もう一つのリングを取り出した。
「和葉、ずっと一緒だ。何があっても、おまえのそばから離れない」
 ベッドに座る里塚の前にひざまずいた水川は、目をうるませていた。彼は昔から感情が高ぶると泣く。別れ話を切り出した時も泣いていた。もっとも、涙を見せるのは自分の前でだけだ。里塚も視界をにじませていた。

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