spleen番外編16 | ナノ





spleen 番外編16(水川×里塚)

「いいなって思う子はいる。でも、俺、こう見えて奥手だから」
「え?」
「いや、そこで、え? とか言われると、ちょっと傷つく」
 水川が大げさに胸を押さえたから、里塚は笑ってしまった。
「あ、やっと笑った」
 里塚は自分が笑ったことに驚いた。久しぶりに笑った気がした。シュークリームを渡される。
「今度、プール行かないか?」
「プールですか?」
「近くにあるんだ。屋内だし、学生だと半額になる」
 行きたいと思った。だが、水着になると困ることがある。ためらっていると、水川が苦笑した。
「何だ? もしかして、佐村がつけるキスマークでいっぱいとか?」
 すぐに否定しなければ、と思うのに、里塚はただ青くなっただけだ。キスマークだけではない。佐村は時おり、噛みついていた。
「あ、ごめん、からかい過ぎた」
 黙り込んでいる里塚に、水川が軽く頭を下げる。
「……どうした? マジでごめんな? そういうこと、人から言われたくないよな……里塚?」
 嗚咽が漏れた。水川も生徒会の人間だ。佐村の言うことを信じるに違いない。誰も信じてはいけない。裏切られて絶望するたびに、里塚の心は深く傷つく。
「里塚」
 優しく呼ばれて、里塚は小さく漏らす。付き合ってなんかいない。恋人じゃないと泣いた。水川がどんな顔をしていのか知らない。ただ彼は、そっと肩を抱いて、「そうか」と言った。泣きやむまでずっと肩をさすってくれた。

「里塚先生」
 校舎を見回りした後、帰宅する前に保健室へ寄った。冬休みでも部活動をしている生徒達がいる。ひざを擦りむいていた生徒と付き添いの生徒が、保健室前に立っていた。
「ごめんね。すぐに開ける」
 夕暮れが早く、すでに外は暗くなっている。
「転んだ?」
「はい。こいつが押すから」
「押してねぇよ。あれはボール、取りにいっただけ」
 一年生のサッカー部の生徒らしく、二人ともまだ幼さが残っている。
「寮に帰るの? それとも家かな?」
 家なら車で送っていこうと思ったが、二人は寮に帰ると言った。カードから名前を確認すると奨学金を得ている生徒達だった。明日も来るかと聞かれ、里塚は頷く。 
 職員室へ顔を出してから、車へと乗り込んだ。あと三日で今年も終わる。今年は思い出深い年になったと考えながら帰宅した。去年から生徒会執行部に携わった志音が生徒会長になり、明史が風紀委員会の委員長になった。
 十八歳になった志音と明史は、卒業と同時にパートナーになると宣言し、左手にはそろいのリングをはめてきている。里塚は思わずほほ笑んだ。今まで色んな生徒達を見てきた。その中でもっとも幸せになって欲しい生徒が明史だ。志音の隣で笑う彼を見ていると、こちらまで幸せな気分になる。
 マンションの駐車場に車を駐車した後、里塚は息を吐いた。脅されて付き合っていると知った水川は、志音のように自分のことを救ってくれた。当時の理事長や校長に訴え、佐村を退学にして、養護教諭を辞めさせた。それでもまだ佐村のほうを信じていた生徒達に、自分がどんなに辛い思いをしていたか話し、彼が卒業した後も過ごしやすい環境を整えてくれた。
 水川が大学へ進学した後も、連絡を取り続け、同じ大学を受験した。彼は教育学部で学んでいた。進路を決めかねていた里塚をこの道へ進ませたのは彼の言葉だった。
「おまえは養護教諭になって、悩みをなかなか言えない生徒達のために尽力しろ。おまえならそれができる。天職だと思う」
 水川の言葉に後押しされ、里塚は資格を取り、養護教諭になった。大学時代、恋人同士へなるきっかけは何度もあったが、そのたびに里塚は彼の思いに気づかないふりをした。県外の学校を選んだのは、彼の両親に頭を下げられたからだ。同居を解消して、彼から離れて欲しいと言われた。
 ハンドルを握り締める。明史が黒岩から強要されていたことを水川は話してくれなかった。どうしてすぐに教えてくれなかったのかと問えば、水川は佐村のことを思い出して苦しませると思ったからとこたえた。馬鹿げている。そう言って怒った。明史は自分とは違う。
 里塚はくちびるを噛み締めた。明史は若宮家に受け入れられ、志音との交際を反対されることもない。卑屈になる自分を戒める。結果として、水川に家を捨てさせたのは自分だ。そこまでしてくれているのに、まだ彼からのパートナーの申出を受け入れられない。

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