spleen番外編11 | ナノ





spleen 番外編11(水川×里塚)

 里塚の夢は養護教諭になることだった。
 夏休みは寮に残る生徒のほうが多いが、冬休みはクリスマスから年末年始を実家で過ごす生徒のほうが多くなる。それでも、寮に残っている生徒達の様子見に、里塚は寮長達と談笑しながら、寮内を見回った。
 見回りの後は保健室へ戻り、薬箱や備品の確認をする。パネルからメールの通知音が聞こえて、作業を中断した。水川からだ。彼も学生時代からの夢を叶えた。教師になってこの学園へ戻りたいといつも話していた。
「今夜はお好み焼きか……」
 学園の生徒達には知られていないが、里塚は水川と暮らしている。付き合いが始まったのは十六年も前のことだ。その頃、水川は高等部三年で、里塚は二年だった。彼は絶大な人気を誇る生徒会長で、自分は、とそこまで考えた里塚は、ソファに深く腰を落とした。
 恋人として付き合いを開始したのは、大学を出た後だった。それまでは同居していたが、体の関係はなく、先輩と後輩の仲を保っていた。養護教諭の資格を取った後、里塚は一度、同居を解消した。最初に赴任した高校が県外にあったからだ。
 遠距離とまではいかないが、四年ほどは別々に暮らした。水川からこの学園の養護教諭に空きが出るから、応募しろと言われた時、里塚はためらった。
 ソファから腰を上げて、階段のほうへ向かう。二年の教室を見て回りながら、里塚は小さく息を吐いた。里塚が学生の頃は、まだパネルの技術もそこまで発達していなかったが、校舎じたいは大きな変化をしていない。

 高等部から奨学金を得て入学した里塚は、一年の時は三組に在籍し、二年では二組に入れるほど成績を伸ばしていた。三組までに食い込んでいれば、奨学金制度を使って学園で学べる。もし、三組から落ちたとしても、状況に応じて、社会人になってから一部の学費を返済していく形もある。
 早くに両親を亡くし、身寄りのない里塚に高等部からの入学をすすめたのは、中学校の教師だった。彼は里塚の成績やこれからの将来性を考え、この学園を推してきた。思春期の真っ最中だった里塚にとって、ホームページで紹介されている学園の寮は魅力的で、二人一組の部屋だとしてもプライベートが守られていると思い、受験する気になった。
 高等部から入学した生徒達は全体の二割程度で、その中でも奨学金制度を利用している生徒は里塚の他に三人いた。だが、そういった枠を気にしていたのは最初だけだった。初等部から通っている生徒達も中等部からの生徒達も、同じ一つのクラスに入れば、ほとんどの生徒達が分け隔てることなく接してくる。
 寮に魅かれただけの里塚は、ハイレベルな授業やクラスメート達との出会いに、この学園に入学できてよかったと思っていた。生徒会執行部や委員会に携わることなく、部活動もしていなかったが、放課後は図書館に行ったり、運動場で練習している友達をからかったりして楽しく過ごしていた。
 二年二組になった時、寮の同室者が変わった。同室者はクラスメートから決めるため、当然だが、これまで一緒だった生徒とは違う。里塚の同室者は佐村(サムラ)という初等部からこの学園に通っている生徒だった。
 佐村は二組のリーダーのような存在だった。だからといって、傲慢なタイプではなく、誰にでも平等に接する優しいところが、他の生徒達からの人気を集めていた。生徒会の会計もしていて、当時、生徒会長だった水川とは佐村を通して出会った。

 水川はあの頃と少しも変わっていない。楽しいことを楽しいと言い、嫌なことは嫌だと言う。だが、責任を取らなければならない時は彼自身の不手際ではなくても、下をかばうようにいつも前へ出た。
 水川には特定の恋人がいなかった。良家の一人息子で、いずれは女性と一緒になり、子どもを授からなければならないからだと噂されていた。すでにパートナー制度が浸透していて、同性同士でも気兼ねなく、生涯の相手を選べる時代になっていた。だが、子孫を残すという意味では、パートナー制度を受け入れられないという人間もいる。
 特定の恋人がいないために、水川の周囲には常に一度きりでもいいという生徒達が集まった。彼は口がうまく、実際に、「抱いてください」と懇願してくる生徒達をうまくかわしていた。自分自身を安売りするなと諭し、彼自身も将来、一緒になる人のために一時の感情では抱かないと公言していた。
 その割に水川は、生徒一人一人の名前を覚えては、廊下ですれ違いざまに声をかけていたため、真面目なのかふざけているのか、よく分からない人、というのが里塚が抱いていた印象だった。
「お、里塚、今日も図書館か?」
 ちょうど職員室から出てきた水川に声をかけられる。
「あ、いえ、今日は購買へ行くところです」
 初めて会った日から、水川は他の生徒達に声をかけるのと同じように、里塚へも声をかけた。
「何、買うの?」
 自分がこれから買うものに興味があるのか、水川は生徒会室の方角へ背を向け、うしろをついて来る。
「……えーと、別に大したものじゃないです」
 水曜は購買の特売日で、里塚はよく特売品になっているものを購入していた。生活費は学費とは別に援助されているが、幼い頃からより安いものを手にする癖がついている。カゴを取り、まだ隣にいる水川を気にしながら、里塚は店内を回った。中にいた生徒達に水川が囲まれた隙に、自分の買い物を済ませる。
 レジに向かう前、スイーツのコーナーで特売品ではないシュークリームを見つけた。買うか迷ったが、値段が変わらないなら、好物のシュークリームは金曜まで我慢しようと思った。

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