spleen番外編9 | ナノ





spleen 番外編9(明史)

 男の声が自分の声に重なっていく。逃げても、押さえつけられて、殴られる。志音のことを呼んだ。だが、真っ暗闇の中で、志音の姿は見えなかった。複数の手が、明史の体を汚していく。嫌だと思った。これ以上、汚れたら、志音に見捨てられる。
「明史」
 志音の声が聞こえた。目を開くと、志音と里塚の顔が目に入る。二人だと分かっているのに、明史の体は拒絶した。
「いや、あー、いやぁぁあ!」
 腕が自由に動く。明史は必死に部屋の隅まで逃げる。
「明史」
 迫ってきた影に、明史は足と手をがむしゃらに動かした。だが、力が叶わず、明史の体は影の中へ取り込まれる。
「っあ、やだ、や、め、しお、しおん、しおんっ、たすけて!」
「明史っ」
 暴れても、強い力は緩まず、明史の体へ食い込んでくる。だが、その力は明史のことを押さえ込んでいるわけではなかった。髪や背中をなでるその手を知っている。志音の手だ。明史は泣きながら、突っぱねていた腕で、志音の体を確認する。目を開くと、いつものようにほほ笑んでいる彼が見えた。
 志音の頬には引っかき傷ができていたが、彼は笑みを浮かべて、「明史、そばにいるから」と声をかけてくれる。久しぶりにうなされていたのかな、と明史は思った。
「しおん、こわい」
「あぁ。でも、俺がいるだろ?」
「うん」
 そろいで購入したニットベストへ顔を寄せると、志音の香りに包まれる。明史はとても安堵した。背中をさする大きな手を意識すると、しだいに眠くなる。
 冬休みは兄のいるアメリカへ行こうか、と言われていた。明史は、志音が本当は自分の両親や兄のことを嫌っていると気づいている。ただ、自分のためだけに、自分が喜ぶから、振りをしてくれている。

 目が覚めた時、明史は泣いていた。涙を拭いながら起き上がると、自分の部屋にいた。手を伸ばして、デジタルフォトフレームを見つめる。今年の六月にあった授業参観の後の様子が写真におさめられている。
 信じられないことに、志音の両親がそろって八組に入ってきた。担任が思わず、「若宮君のクラスは一組ですが……」と声をかけた。そしたら、二人は、ためらうことなく、口にした。
「いえ、このクラスで合っています。明史君は私達の義理の息子になりますから」
 参観に来ていた他の生徒達の親も含め、教室内は騒然とした。志音は何度か明史とは真剣に付き合っていて、将来はパートナーにすると公言していたが、親が認めているとまでは知らなかったのだろう。
 明史は若宮家の人間であると言われたことではなく、単純に自分のために来てくれたことが嬉しくて、視界をにじませた。授業が終わった後、七瀬が気をつかって、三人で並んだ写真を撮影してくれた。
「明史、起きたか?」
 扉は開け放していたらしい。中に入ってきた志音はまだ制服姿だった。頬にバンソウコウが貼ってあり、明史は謝罪する。志音は首を横に振り、ベッドへ腰かけた。
「怖かったな。悪い。もっと早くに気づくべきだった」
 志音は明良のことや脅されて仕方なく彼の周囲にいるしかなかった生徒達の話をした。部室棟での強姦事件の黒幕も明良だった、と証言があり、明良は退学処分になるらしい。
 明良に脅されていた生徒達は謹慎処分で済む。彼らの親については、志音の兄である理人が転職先を紹介していくそうだ。上田商事から解放されることで、これ以上、彼らが明良に煩わされることはない。
「あいつのことはもっと早くにケリをつけたかったのに、こんなことになって、本当にごめん」
 志音の温かい指先が頬をなぞった。明史は目を閉じて、キスを受け入れる。
「志音、ずっとそばにいてくれる?」
 聞くまでもないことだった。志音は頷き、何度もキスをくれる。このまま抱かれてもいいと思った。セックスはいまだに怖いが、志音とならできると思った。だが、震える手を握った志音が、目の前で苦笑する。
「十八歳になったら、正式にプロポーズする。その時まで、まだまだおまえに溺れていく自信がある。だから、おまえももっと自信持て。おまえはすげぇきれいで優しい、俺の自慢の恋人だ」
 うん、と言ったつもりだったが、返事は志音のくちびるに奪われた。自分はすでに志音に溺れている。互いが互いに溺れているなんて、傍から見たらそうとう馬鹿らしく見えるに違いない。ほんの少し笑うと、志音もほほ笑んだ。

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