spleen番外編4 | ナノ





spleen 番外編4(明史)

 リビングのテーブルには母親の手料理が並んでいた。志音は気おくれすることなく、父親と母親へあいさつをしている。明史は兄である統史に抱き締められて、涙が出そうになった。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま。おまえもおかえり」
「……ただいま」
 夏休みと同じく、明史は冬休みも志音とともに土田のマンションで過ごしている。時おり、志音の実家へ行き、彼の家族、特に甥達と遊んだ。二学期はあっという間に過ぎていった。本当は学園に戻って以前のように過ごせるか心配だった。
 だが、学園生活は明史が予想していたより、過ごしやすかった。それが志音の力によるものだと気づいている。彼が自分を守り、支えてくれている。明史が風紀委員であることを気にして、彼の部屋で眠ることに渋ると、彼は明史の部屋へ寝袋を持参して、毎夜、眠るまで手を握ってくれた。
「さぁ、食事にしましょうか」
 母親の声で皆が席につく。久しぶり過ぎて、何を話せばいいのか分からなかった。志音がこちらへほほ笑みかけながら、両親や兄へ話題を振る。さすが社交界に出ているだけあり、どんな相手とでも話を途切れさせることがない。
「明史、とても素敵な子だね」
 兄が小さな声で言った。明史は母親がデザートに出したチョコレートタルトを食べながら頷く。懐かしい味だった。もう二度と食べられないと思っていた。
「おまえが幸せそうでよかった」
 兄の右手がそっと頭をなでた。それに気づいた志音が、左手を肩へ伸ばしてくる。彼のほうへ視線をやると、彼が笑みを浮かべた。
「志音君、明史のこと、よろしく頼むね」
「はい」
 志音は兄へも笑みを向けた。両親はしきりに、今度はいつ来るのか聞いている。夏のチャリティパーティーで母親へ真剣な付き合いをしていると告げて以降、明史は知らなかったが、若宮家から親族に送られる招待状などが届いていたらしい。
 真剣な付き合いの先に、パートナーになるという流れは、想像に易い。帰り際、両親は明史の背中に声をかけてきた。どきどきしながら振り返ると、「体に気をつけて」と言われた。かろうじて、「お父さん達もね」と返した後、手を握っていた志音を見上げた。
 志音は白い息を吐きながら、肩から落ちそうになっていたマフラーを巻き直してくれる。それから、頬をつたう涙を拭ってくれた。家の前には迎えの車が停まっている。運転手がいつものようにドアを開けた。
「志音」
 車が動き出してから、明史は口を開く。
「ありがとう」
 自分の世界には志音しかいないのではないかと思うほど、彼に依存している。彼がいなければ得られないものが多過ぎる。
 志音には自分を自由にできる権利があった。それなのに、彼は決して無理強いをしない。冬休みに入ってから、明史は志音と同じベッドで眠っている。もし、体を求められたら、自分に拒否することはできない。だが、志音は手を握ったり、抱き締めたりするだけだ。
「料理もタルトもおいしかったな」
 左手を引いた志音が抱き込むようにして体を寄せた。街灯の光で明るくなる志音の瞳が、優しく輝いている。
「明日、買い物に付き合ってくれないか?」
 明史は笑って頷いた。

 服を見たいのだと勝手に思っていたが、志音は大型電気店へと向かっていた。
 店員を呼び、商品を比較しながら選ぶと、明史の前でそれを包んでもらう。誰にプレゼントするのだろうと思っていると、部屋へ戻ってから、それを渡された。
「俺に?」
「あぁ」
 明史は中身を知っている。デジタルフォトフレームだった。不思議に思いつつ、その包みを開けてフレームを取り出す。シンプルなシルバーデザインでパネル部分が大きい。
「ありがとう」
 礼を言うと、志音は小さく笑い、明史の手からフレームを取った。それを寝室にあるヘッドボードの上へ乗せた。電源を入れた後、彼はケータイを操作する。
「明史」
 手招きした志音がベッドの縁を叩いた。隣に座れということだろう。肩を抱き寄せて、彼がケータイのインカメラをこちらへ向けた。シャッター音の後、ツーショットの写真が表れる。彼はパネルを立ち上げると、ケータイから写真のデータをパネルへ送り、そこで編集をかけてから、デジタルフォトフレームへ飛ばした。
 先ほど撮影した写真だけではなく、明史の知らない写真が表示されていく。文化祭の時の写真や食堂で食事をしている時のもの、あるいは若宮家で遊んでいる時のものだ。
「青野達からもらったデータ」
 明史はフレームを両手でつかんだ。自分の写真がない実家のリビングを思い出す。クラスメート達とともに、はにかんで笑う自分、うしろから将一に抱きつかれてびっくりしている自分、嬉しそうにフルーツタルトへフォークを入れている自分、そして、志音と手をつないでいる自分がいた。
「あれ? これ、何か隠し撮りっぽいな?」
 志音はそう言って笑った。
「しお、ん……」
 何も言ったことがないのに、志音はいつでも欲しいものをくれる。
「おまえの小さい時の写真、見れなくて残念だけど、おまえが存在してる。それだけで十分だ」
 明史はフレームを持ったまま、志音に抱きついた。彼の服を涙や鼻水で汚しても、彼は怒らない。甘えるように体をあずけた明史は、彼が頭と背中をなでてくれるのを受け入れて、幸せを感じた。

番外編3(将一) 番外編5(光穂)

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