spleen番外編2 | ナノ





spleen 番外編2(志音)

 夏休み最終週の月曜、志音は朝早くから起きていた。すでに朝食も済ませ、パネルからメールチェックを行っている。
 明史はまだ眠っていた。昨日もうなされていて、体を揺すって起こした。今までは目を閉じたまま泣くばかりだったが、この頃はちゃんと目覚めて、彼自身が泣いていることを自覚するようになった。
 頭をなでて、額にキスをしてやると、明史は呼吸を楽にしてまた眠り始める。関係を深めることは大切だと思う。だが、志音は急ごうとは考えていない。
 今、明史が求めているのは、深い肉体関係ではなかった。彼はパネルに映る映画やドラマのそういったシーンでさえ、体を強張らせて、視線をそらしている。
 明史は自分が一人で処理していることに気づいているらしく、何度か気まずそうにしていた。志音は急いでいないと分からせるため、言葉にもしている。接触する時は子どもがじゃれる程度のことしかしない。
 新着メールをすべて読んだ後、志音はニュース番組へ切り替えた。黒岩と明史を抱いた三人の男達のことは父親に任せてある。彼らの名前が犯罪者として流れることはないが、裏の仕事をしている連中に引き渡したと聞いていた。
 保管されていた動画を見た時、志音は泣いた。あんなに怒ったのは初めてだった。明史はたった十四歳で、まだ大人に守られるべき存在だった。それなのに、その大人に裏切られ、脅迫された。
 明史の言葉の端々に出る寂しさを何とかしてやりたかった。愛されるために犠牲が必要だという考えを変えてやりたいと思った。
 始業式はまだ先だが、明日から学園へ戻る。目下の問題は上田明良だ。食堂であれだけはっきりと、おまえには興味がないと言ったにもかかわらず、まだ諦めていない。自分から離れたと思ったら、明史へ攻撃を仕掛けていた。
 証拠も証言もないため、明良を退学へ追い込めなかったが、志音は部室棟での出来事には明良も一枚噛んでいると予想している。次に明史へ手を出したら必ず追い詰めようと決めていた。
 コーヒーを一口飲んで、寝室へ入る。広いベッドの端で眠る明史を見て、笑みがこぼれた。十八になれば、パートナー制度を使って、彼を若宮家の人間に連ねることができる。
 本当は明史を放置し、貶めた彼の両親など不要だった。若宮で新しい家族を作れば、明史の寂しさを埋められると思っていた。だが、明史には、実の両親が必要なのだ。
 そっと髪に触れる。時おり、明史は父親と母親のことを呼んだ。彼が、「いい子にしてるから、もっとなでて」、と泣きながら、つぶやいたのはいつだっただろう。愛に飢えているのだと知った。家族仲のいい志音にとっては、胸に突き刺さるような言葉だった。
「んっ、あ、俺、寝坊した?」
 目を擦りながら、起き上がった明史に、志音は笑う。
「寝坊って、まだ夏休みだから、何時に起きても寝坊にならねぇだろ」
「そっか」
 志音は明史の髪にキスをする。
「朝食、用意しておくから、顔を洗ってこい」
 クロワッサン二つとハムエッグ、市販のサラダにドレッシングをかけて、ミルクをグラスへ注いだ。オレンジジュースを用意していたが、身長の話をした時に、昔はミルクばかり飲んでいたと言ったら、明史はミルクを飲むようになった。
 志音としては今の背丈で十分だと思っている。ちょうど自分の胸あたりに小さな頭があり、抱き締めると腕の中にすっぽりおさまるからだ。
「おいしいか?」
 向かいに座り、プリンを食べながら尋ねると、明史は首を縦に動かした。
「今日は秋物のニット、見にいくか。俺も制服の上から着れるやつが欲しいって思ってたからなぁ」
 そろいの色にしてもいいと思った。明史がクロワッサンにたっぷりとマーマレードを塗り、小さな口へ運んだ後、くちびるを拭う。
「あ」
「どうした?」
 明史は一口ミルクを飲んでから、せわしなく視線を動かす。
「あ、あの、じゃあ、俺、志音にプレゼントしていい?」
 ねだれば、どんなものでもプレゼントしてやるのに、明史はたった一枚のシャツを買う時でさえ遠慮する。自分へプレゼントすると言う明史をとても愛しく思った。
「あぁ。プレゼント交換だな」
 右手をテーブルの上で伸ばすと、明史がそっと左手を重ねてくる。親指の腹でその美しい手をなでながら、志音は言葉にしても足りない思いを伝えた。

番外編1(志音) 番外編3(将一)

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