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 ホテルの会場内は広く、U型に並んでいる台には様々な料理が並んでいた。台は二ヶ所あり、会場に合わせて大きく、幅広く設置されている。立食式だが、左右には椅子も用意されていた。
 明史は上座にある舞台の上で、あいさつをしている志音の母親を見ていた。隣には志音がおり、彼の左手は自分の右手へとつながっている。明史はマスコミを懸念して、過剰な接触は避けて欲しいと言ったが、志音は見惚れるほどの笑みを浮かべながら、「恋人同士が手をつなぐのは当たり前だろ?」と一蹴した。
 舞台上でのあいさつが始まってからは、少なくなったものの、ホテルに到着してから会場へ入るまでの間、明史達は多くの視線を集めていた。
「あいつらは、おまえがすげぇきれいだから、こっち見てんの」
 レストルームへ逃げ込んだ明史に、志音が真面目に言った。明史には、そう思えない。若宮財閥の三男がどこの誰とも知れない同性の人間と、手をつないでいる。そういうふうに思われているとしか考えられない。
 あいさつが終わると、招待客達は思い思いにU字の台から料理や飲み物を取り始める。舞台上では生演奏が始まった。今日開催されているのは、パーティーの最後に小切手で支払いをするタイプのものだと聞いていた。集まった寄付金は、経済的に学ぶことが困難な子ども達を支援する組織へ送金される。
「明史君」
 志音の母親に声をかけられて、明史は振り返った。
「今日は来てくれてありがとう」
 明史は礼儀正しくあいさつをして、小切手で払えないから、送金先を教えて欲しいと言った。
「あら、二十二歳以下の方からは頂かないわ」
 明史の母親はそう言って笑う。
「チャリティーパーティーなんて言ってるけど、趣旨は援助を必要とする学生達の交流場所を設けることなの。特に、大学生にはこういう場所でコネクションを作ってもらって、就職活動に役立てて欲しくて」
 言われてみれば、企業の人間と大学生が多い気がする。
「たくさん食べてね。ここのホテルのスイーツ、とってもおいしいから」
 彼女は明史にスイーツが並んでいる台の位置を教えると、あいさつに来た男性とともに移動していった。
「ほんとにミネラルウォーターでよかったのか?」
 飲み物を取りに行った志音が戻ってくる。明史は礼を言い、グラスに注がれているミネラルウォーターを飲んだ。
「志音のお母さんが来たよ」
「何か言ってたか?」
「スイーツのある場所を教えてくれた」
「どこ?」
 甘いものに目がない志音が、通りかかった給仕にグラスを返す。
「あ」
 手を引かれてスイーツが並ぶ台へ向かおうとした時、志音が足を止めた。ちょうど志音の体に隠れていた明史は、そっと顔を上げる。明史の母親が料理を眺めては、少しずつ皿に取っていた。
「志音……、スイーツのところ、行こう?」
 明史は母親に気づかれる前に立ち去りたかった。だが、志音は彼女へ近づく。
「明史のお母様ですか?」
 自分の母親、という呼びかけだけで泣きそうになった。それを否定されたら、息が止まってしまう。志音の呼びかけに、彼女がこちらを見た。明史はすぐにうつむく。上品なブラウンのじゅうたんを見つめながら。くちびるを結んだ。
「ええ、明史の母です」
 聞こえてきた言葉に、明史は顔を上げた。母親が笑みを浮かべて、志音を見返している。
「ぜひ、お会いしたかったんです。あぁ、すみません。ごあいさつが遅れました。若宮志音です」
 志音の手が一瞬離れる。彼は母親と握手をした後、再び明史の手を握った。母親の視線がつながっている手を凝視している。
「いずれご訪問させて頂こうと考えていますが、明史とは真剣なお付き合いをしています」
 面食らった顔をしたのは母親だけではない。明史も驚いて、志音を見た。生演奏の音があるものの、志音の言葉が聞こえたらしい周囲の人々が注目している。

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