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 涙を拭う指先に気づいて目を開くと、志音が笑みを浮かべた。
「志音……」
「ん?」
 明史は小さな声で思っていることを言葉にした。
「俺も、あの、俺も、もっと志音のこと、好きになりたい、でも」
 自分の存在は志音だけではなく、若宮家にも迷惑をかけるかもしれない。
「でも、はいらねぇよ」
 志音はそう言って苦笑いした。
「風呂、入ってこい。夕食の用意しておくから」
 志音の腕の中から出て、明史はバスルームへ向かった。付き合っているということは恋人同士ということだ。鏡を見つめて、明史は一人、頬を染めた。迷惑をかけたくないと思う反面、志音に捨てられたら、もう生きていけないと考えてしまう。
 自分達はまだ十六歳だ。これから先、色々な人間に出会っていく。いつかのことを考え出すと不安でたまらくなった。
 明史は二十五階から見える外を見つめる。夕暮れ時だった。周囲には高層マンションが多いため、このマンションの最上階にあたる二十五階は低く感じる。ただ、リビングダイニングとバスルームから望む景色の中に、周囲のマンションが入ることはない。夜になると星も見えた。
 明史は体と髪を洗い、湯船に入る。防水パネルがあったが、使ったことはない。のぼせない程度に体を温めてから、バスタオルで髪を拭いた。ドライヤーで髪を乾かし、カゴの中から下着と部屋着を取り出す。
 志音が選んでくれた部屋着は、肌に優しく、柔らかな素材のものばかりだ。出かけるたびに贈られるわけではないが、志音は明史に似合うものを見つけると、すぐに購入した。彼の小遣いの範囲で購入しているようだが、自分のものに使わせていると思うと、やはり落ち着かない。
 明史も小遣いはもらっている。今度、出かけた時に、自分も志音に何か贈り物がしたいと思った。リビングダイニングへ戻ると、志音が皿に盛り付けをしていた。煮込みハンバーグが二つに、ブロッコリーとニンジンのサラダが添えられている。
「運ぶ?」
「あぁ」
 明史は一枚ずつテーブルへ運ぶ。インスタントのコンソメスープが入った器も並べると、志音が白飯を持ってきた。向かい合って座った後、視線を交わす。
「いただきます」
 手を合わせて、箸でハンバーグを割る。中からチーズが出てきた。明史は息を吹きかけて一口食べると、見守っている志音へ笑みを向けた。
「おいしい」
 志音も笑みを浮かべて、頷く。デザートは冷蔵庫にある。昨日、買っておいたチーズケーキだ。両親から食事中に話しかけられたこともない明史にとっては、食事は静かにするものという認識が強い。志音の家族と食事した際にも、話しかけられない限り、自ら話をすることはなかった。
 デザートまで食べ終わると、後片づけをして、パネルからインターネットを見ていた志音がシャワールームへ向かう。明史は寝室にあるパネルから課題図書として借りていた電子書籍を読んでいた。
「明史」
 寝室に敷かれているラグは寮の部屋にあるものと同じブランドだった。明史は足を伸ばして座っており、向かいに座ろうとした志音のために、正座する。
「言い忘れてたけど、来週またチャリティーパーティーがある。母さんが手配したから、おまえの両親にも招待状が出てるはずだ」
 志音は手にしていた紙製の封筒を、明史に差し出した。封筒の中には、明史の名前が手書きで書かれている。正式な招待状をもらったのは初めてだった。
「俺が付き添い役になる」
 行くか行かないかの選択はなく、決定していることを告げただけのようだ。明史は志音の強引さに苦笑する。
「だけど、俺の親が来るなら、俺はいないほうが」
「明史」
 パネルを挟んだ向かいに座る志音が、小さく首を横に振る。
「夜、うなされてること、覚えてないんだろう? おまえはいつも黒岩やおまえを傷つけた連中に怯えて、最後に必ず親に謝ってる。おまえを苦しめてる原因は、全部排除したい。でも、両親はおまえにとって必要なものだ。向かい合っていくしかない」
 志音の言う通りだ。そして、明史自身、ずっと望んでいることでもある。両親から無視されることなく、ちゃんと自分を認識して欲しい。
「俺がずっと一緒にいる」
 志音が右手を伸ばした。明史は頷いて、左手でその手をつかんだ。

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