vanish27 | ナノ





vanish27

 尻もちをついた状態で、玄関から出てきた義理の母親を見上げると、彼女は怒りをあらわにして慎也の髪をつかんだ。
「っあ」
 つかまれ、引っ張られて慎也が痛みを口にすると、彼女は投げ捨てるように慎也の体を押した。
「早く入って、恥さらしなんだから!」
 慎也は痛む体をかばえず、玄関の上がりがまちに足をぶつけて転んだ。手をついたその先に父親の足が見える。
「っひ、う、あ……ぅ」
 右手で胸元を押さえた慎也は呼吸を整えようとした。うしろから義理の母親が大きな音を立ててやって来る。
「低俗な連中と付き合うから、そういうことになるんだ」
 父親はそれだけ言って、リビングへ入っていく。息苦しさとともに涙があふれた。葵がビニール袋を持ってきてくれる。その間も義理の母親が目の前で喚き立てた。
「母さん、慎也を少し休ませてあげて」
 葵が彼女の肩を抱き、リビングへと連れていく。慎也はおそらくそれに感謝するべきなんだろうが、呼吸が苦しくて何も言えなかった。リビングドアのガラス部分から三人の動きが見える。ソファに座った三人は慎也がそこに座っていないのに、慎也のことを話し出す。
 慎也は必死に呼吸を繰り返しながら、三人の話を廊下で聞いた。葵は慎也に一年浪人させて、また来年チャンスを与えるか、今から間に合う私大を受けさせるか、どちらかしかないと言った。A大以外は許さないという姿勢の義理の母親は、浪人はさせないと声を上げた。三年間、清陽という無駄な高校へ行ったことや塾のことを持ちだして、これ以上、慎也に投資するのは無意味だと言う。
「葵君は博士課程へ進むつもりなんだろう?」
 葵は四年制の薬学部に所属しており、修士過程を終えたら就職ではなくそのまま大学へ残る予定だ。彼が大学でも教授に気に入られるくらい優秀なことは慎也も知っている。
「すみません。経済的に負担をかけることになるかもしれないですが」
「いや。葵君は休暇の間もアルバイトをしたりして、お小遣いは自分で稼いでいる。負担だと感じたことはない。むしろ、こちらこそ君に負担を強いてすまなかったと思っている。せっかくの自由な時間も、ほとんどあの子に使ったんじゃないか? それなのに、恩を仇で報いるような結果で、本当にすまない」
 ビニール袋を握り締めて、慎也は大粒の涙を流す。この結果は自分のせいなんだろうか。慎也は怒りよりも悲しみに打ちひしがれていた。扉が開いて、葵がしゃがんで肩を貸してくれる。
「慎也、風呂に行こうか?」
「放っておきなさい」
「でも、母さん、慎也はケガもしてる。病院に連れてってあげないと」
 葵の肩を借りて、立ち上がった慎也の前に父親が来る。慎也は左の拳を握り締めた。顔を上げて、言わないといけない。何か言わなければ、そう思ったのに、慎也の口からは吐息が漏れただけで、代わりに涙が落ちた。父親の冷酷な視線を受けて、涙は途切れることなくあふれ、嗚咽が漏れる。
「進学させてくださいとか来年も挑戦させてくださいとか、そういう言葉はないのか?」
 慎也は喉をかきむしるように押さえた。どうしても声が出ない。苦しくて、また呼吸が乱れていく。
「……謝罪の言葉もない」
 そう言って父親は書斎へ向かう。背中にすがりついてでも、呼び止めたかった。だが、葵が強い力で体を押さえていて、追いかけることもできない。
「っ……ゥウ、あ、う……ア」
 離して欲しくて手を払っても、葵は慎也を離さなかった。そして、力づくで慎也をバスルームへと引っ張る。

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