vanish26 | ナノ





vanish26

 床に転がっている体はまるで自分のものではないみたいで、慎也は縛られた跡の残る手をかざした。巻いていた包帯が外れかけていて、ひらひらと顔に当たる。左目の視界が狭いことに気づき、そっと手を触れると、まぶたの上が腫れていた。
「っい」
 かすれた声が出た。喉が渇いていた。窓にはカーテンがなく、空が丸見えだった。冬の空の青はきれいだと思う。きれいだと思って、そういうことを思える自分を気持ち悪いと感じた。
 こういう時、どうすればいいんだっけ?
 慎也は痛む体を起き上がらせて、いまだにペニスを戒めているリングを外した。
「っ、ん……」
 びりっとした痛みとともにどろどろの精液があふれた。その後、尿まで流れ出る。止めることができずに、慎也はその場で垂れ流した。
 たぶん、思いきり泣くべきだと思う。だが、慎也は泣くことができなかった。カウンターテーブルの上にある鞄と衣服を見つけて、そこまで床を這うように移動する。
 携帯電話の日付と時間を見て、笑みがこぼれた。着信履歴も受信メールも確認せず、先に筆箱を取り出す。試験のために用意した鉛筆をぜんぶ放り出して、カッターナイフを手にした。
 左の前腕は肌の色が変わっていた。慎也はそこに刃先を立てて、めちゃくちゃに引いた。笑いが込み上げてくる。
 ひりつく腕に汚れた包帯を適当に巻き、慎也は携帯電話を手にした。着信は学校、塾、家、父親、そして葵からだった。何度も何度もかかってきている。メールは葵からだった。やはり何通も受信している。
 いちばん上の最新のメールには覚えがなく、慎也はそれを開いた。件名はなく、添付されているのは動画だった。動画じたいは粗く、声も聞き取りにくいが、自分を知っている人間なら、アナルに突っ込んでほしいと懇願しているのが慎也だと分かる。
 慎也はそのメールを削除した。こんなふうに簡単に自分も削除できたらいいのに、と考えてしまう。
 財布から名刺を取り出すまでもない。自分で自分を守れる強い人間でいたかった。要司は頼っていい相手じゃない。それに、こんな姿を好きな人にさらすくらいなら、慎也はもう一度強姦されたほうがましだと思った。
 着信番号から発信すると、葵がすぐに出た。心配する彼の声を聞いても、心は動かない。
 疑う自分が嫌だった。だが、葵は喜んでいるんじゃないかと推測した。
 自分に絶望する。こんな時、連絡する相手が葵しかいないなんて、まるで葵の思うつぼだった。

 慎也は自分がどこにいるのか分からなかったが、葵の指示で衣服を身につけ、外に出た。マンションのエントランスを出てマンション名を告げると、葵が場所を調べて迎えに来てくれた。
 葵は慎也の姿を見ても動じず、すぐに抱き締めてくれた。汚れて、においもしているはずなのに、彼の車に乗せられ、家まで走る。何も聞かれなかったから、慎也も何も話さなかった。 
 家のガレージには父親の車がある。太股の上で震えている慎也の手を、葵が上から握った。
「大丈夫。俺に任せて」
 父親は葵のことを気に入っている。葵からうまく言ってくれたら、恐れていることは何も起こらないかもしれない。だが、慎也にはもう居場所がない。何と罵られるのか、考えただけで胃が痛くなる。
 慎也の精神は今すでに限界を迎えていて、本人ですら気づかない間に呼吸の速度が変化していた。
 玄関の扉の前で葵が立ち止まる。
「俺がいいって言ったら、入っておいで」
 先に入った葵の声が聞こえた。すぐ後に物音と、勢いよく開いた扉と、そして、義理の母親の怒声が響く。扉に体をぶつけた慎也はその場に尻もちをついた。

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