vanish23 | ナノ





vanish23

 どんな波紋が広がってもまた元に戻るように、慎也の日常は変化したりしなかった。義理の母親も父親も葵も、以前とまったく同じで、慎也自身すら変わったりしていない。
 日曜は午後から要司達と会い、時々、過剰になるタカからのスキンシップを笑ってかわす。そんなふうに友達と過ごすのは中学校以来で、日曜が楽しみだった。
 試験が終われば、もっと皆と一緒にいられる。大学で学んで資格を取れば、一生の仕事として関わっていける。慎也はセンター試験が行われる日数を指折り数えた。受かる自信はあった。それしかすがるところがなくて、そのためだけに耐えてきた。

 左腕に巻きつけた包帯がしっかりとまっているか確認した慎也は、制服に着替えてコートを着た。マフラーを持って玄関へ行く。まだ誰も起きていない。
 玄関先の鏡に自分を映した時、顔色が悪くて笑ってしまった。葵は昨夜も中で出した。センター前だからやめてという慎也の願いは聞き入れられなかった。
 家から通える距離だったが、大学生になったら、アルバイトをして一人暮らしがしたい。A大学に受かれば、一つくらいのわがままは叶えてくれるはずだ。
 慎也はマフラーを首に巻いた。雪は降っていないが、外は震えるほど寒い。手を冷やさないように手袋をして、コートのポケットへ入れた。家を振り返らなかったから、葵が窓から見ていたことなんて知らない。

 試験会場は市内の大学だった。下見に行っていたため、到着時間も場所も把握している。慎也は電車の中で一度だけ、受験票がちゃんと鞄の中に入ってあるか確認した。
 目的の駅で降りると、周囲は学生ばかりだった。慎也は皆と同じ方向を目指す。
「会田慎也」
 細い電柱の立った小路から学生が慎也を呼んだ。学生だと思ったのは周囲の状況からだが、立ち止まって、名前を呼んだ彼を見た時、学生じゃないという直感がした。いい予感がせず、すぐに大きな流れへ戻ろうとすると、彼は別の名前を告げる。
「牧要司が大変なんだ」
 人生には色んな選択があるが、今ほど苦しい選択を迫られたのは初めてのことだった。慎也は腕時計を見て、彼と彼のうしろへ見え隠れしているもう一人に問いかける。
「大変ってどう大変なんですか? 俺、試験があって……」
 右腕を取られて、小路へ引っ張られる。手前の男のうしろにいた派手な色に髪を染めている男が、慎也の耳元でささやいた。
「大変になるのはこれからなんだけどね」
 楽しそうに言われ、慎也はばっと腕を引く。一人が道をふさぐように立ちはだかり、逃げようとした慎也の前に立った。冷や汗をかいている。まずい、と思った瞬間、男に左頬を殴られた。
 殴られた勢いでそのままずるずると座り込みそうになったが、慎也の体は壁に押さえつけられていた。もう一度、同じように殴られて、目から火が出るかと思った。
 大きな声を出して、助けを呼ばなければ。そう思うのに声が出ない。慎也は左頬を二発殴られた後、逆の頬も殴られ、腹を蹴られた。
 ちょうどもう一人の男が受験生達の歩いている側に立っていて、慎也達を隠している。声が出せなかった。殴られて苦しくて息ができない。咳き込んで倒れそうになると、男がマフラーごと引っ張り上げた。
「殺すなよ」
 男の右ひざが慎也の腹に入る。すでに口内を切っていた慎也は、口から唾液とともに血を流した。大人しくしていれば、暴行だけで済むと思っていた。試験会場には四十五分前に着くように出ていた。走ればまだ間に合う。
 目の前の男がポケットから何か取り出した。何か分からなくて、慎也は必死に腕を振る。もう一度殴られて、荒い息を吐いた後、鼻いっぱいに広がったにおいに吐き気がした。

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