vanish21
涙がとまるまで、タカは慎也の背中をなでてくれた。
「今日、泊まってくだろ?」
タカの視線を追うと、時計の針は深夜二時を回っていた。
「風呂、わいてるから入れ。着替え、用意してくる」
「あ」
「何だ?」
慎也は立ち上がったタカの服を引いた。肌をさらすことに抵抗があった。葵のつけたキスマークや左腕の傷を見られてしまうかもしれない。
「俺、風呂はいいです」
「遠慮すんな」
「本当にいいです」
慎也はホットカーペットの上に寝転ぶ。
「何してんだよ? 奥に布団あるから、要司の横で寝ろ」
タカが呆れたように言い、慎也の手を引く。慎也は体を丸めて、その場に居座ろうとした。
「こら、こいつ」
怒気をはらまない、笑いを含んだ声に視線を上げると、タカの笑っていない目がこちらを見下ろしていた。言葉もなく近づくのは、またくちびるだった。
拒否しなきゃ、と思ったのに、思っただけで受け入れていた。後で嫌な思いをするのはタカかもしれないのに、惨めになるのは自分なのに、慎也は重ねられた手を、くちびるを受け入れ続ける。
「なぁ」
タカが耳元でささやく。
「俺にしとけば?」
指先から冷たくなっていく。右耳に響いた言葉を反すうする間、慎也の両目が捕らえたのは寝癖が跳ねた金色の髪だった。彼の指先が金糸の髪をかき上げる。
「っげ。俺、もしかして、邪魔してる?」
指先から冷たくなっていくのに、慎也の顔は火が出そうなくらい熱い。視線を移せば、タカが神妙な顔で要司を見ていた。
「あ、え、そ……あ」
慎也はショックを受けていた。自分の上にのしかかるタカとじゃれ合っているようにしか 見えない状況だ。だが、それを要司に見られたことがショックなんじゃない。
それを見た要司がへらっと笑って、自分へ背を向け、トイレへ消えたことがショックだった。要司は別に何とも思っていない。そのことが深く慎也の心に傷をつけた。
白くなる慎也にタカが優しく諭す。
「ほら、あいつはおまえをそういうふうには見てくれない」
ぽろぽろとこぼれる涙をタカが拭おうとする。慎也はその手を振り払った。
「分かった。せめて、布団で寝てくれ」
「どーした?」
「あぁ、おまえからも言って。布団で寝ろって」
トイレから出てきた要司が、笑みを浮かべて、寝転んで泣いている慎也の髪に触れた。残酷だと思った。
「一緒に寝よう、慎也」
要司の笑顔と声で殺されるなら、消えてもいいかと思える。彼に促されて立ち上がった慎也にタカが、「現金な奴」とつぶやいた。だが、その言葉に悪意はなく、タカはちょっと呆れているだけだった。
目が覚めた時、慎也の体はとても温かかった。右側には要司、左側にはタカが寝ている。雑魚寝状態だったが、寒くはなかった。ただ、制服を着たままだったから、体が硬く感じる。
慎也が起き上がると、その右足をつかまれた。思わず悲鳴が出そうになるのをこらえて振り返る。要司が眠そうに言った。
「どこ行くの?」
「……トイレ」
ぱっと足首を離される。慎也はトイレへ行った後、洗面所で顔を洗う。適当にタオルを引っ張り出した。
「慎也」
布団の上に転がったまま、要司がこちらを見ている。猫みたいでかわいいと思ったが、慎也は口にはしなかった。
「コーヒー買ってきて。出て右手に行くと、コンビニあるから」
要司は脱ぎ捨ててあった作業着のポケットから財布を引っ張る。
「ブラックですか?」
慎也が尋ねると、要司は急に起き上がった。タカのイビキが時おり響く。
「やっぱ一緒に行く」
手招きされて奥の部屋へ入ると、要司が彼のジャケットを被せてきた。
「おまえ、消えちゃいそうだから、ついて行く」 |