vanish20
タカが短くなったタバコを灰皿に押しつける。慎也は温くなったコーヒーを一口飲んだ。
「要司さんだけが悪かったんですか?」
思い切って聞くとタカは二本目のタバコを指先でもてあそぶ。
「いや。要司はただ……先に相手が手を出してきたんだ。気にかけてた子が暴行されて、怒り狂ったあいつが、いき過ぎた暴力を振るって、問題になった」
「じゃあ、要司さんは悪くないじゃないんですか?」
「学校側はそうは考えないだろ」
まだ火のついていないタバコをくわえていたタカが、少し考えてから言った。
「おまえ、要司のこと、好きだろう?」
慎也は飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになる。答えなくてもその動揺を見て、タカは納得したようだ。
「試験前にこういうこと言うの嫌だけど、おまえの思いは報われないぞ」
慎也は笑って、分かっていると言いたかった。だが、実際に言葉にされて聞かされると、心臓が潰されそうになり、苦しいだけだった。タカが真剣な目つきで言った。
「あいつはおまえのこと気に入ってる。でもな、あいつは弟を思うようにおまえのことが好きなだけだ。それ以上、望んだら、たぶん今の関係を壊すことになる」
慎也はひざの上でぎゅっと拳を握り締める。簡単なことだと言い聞かせた。あの家で居場所が欲しいなら、A大に合格すればいい。ここで居場所が欲しいなら、友達という立場を貫けばいい。
本当の自分は消せばいい。
誰かの望む自分になればいい。
そうすれば居場所が与えられる。
「タカさん、俺、A大の工学部建築学科で勉強して、将来は建築家になろうって思ってます」
タカにはそれだけで慎也が友達として、今の立場を守ろうとしていることが分かったようだ。
「辛い選択するんだな。それでもそばにいたいのか?」
小さく頷いた慎也を見て、タカはタバコに火をつける。吐き出された煙が消えていくのを眺めながら、自分を殺すことの痛みを感じたいと思った。左腕がうずいている。
「やっぱ色々あったんだな」
空に消えた煙からタカへと視線を移す。
「受験のストレスだけで、あれだけ呼吸しんどくなるかなって思ってたんだ。俺の弟の話、聞いてる?」
「少しだけ」
「離婚した時、弟もちょうど受験期だった。再婚相手の義理の父親とうまくいかなかったみたいで、だいぶストレス溜まってて、俺はもう家を出て独立してたから、そういうの気づいてやれなくてな。心身症って言われて、しばらく心療内科に通ったけど、よくならなくて、最終的にうつ病になった」
タカがこちらを見据えてくる。
「最近、呼吸とか乱れてなさそうで、元気そうに見えるけど、大丈夫なのか?」
大丈夫か、と聞かれても、慎也は自分がどれくらい切羽詰まっているのか分からない。だから、頷いた。
「何か、苦しい時とか、嫌なこととか、溜め込まずに話せよ。特に要司のことは、俺に愚痴っていいから」
頷いた途端に涙が落ちた。そのまま手を当てて、涙を拭っていると、立ち上がったタカが隣に座った。彼の手がそっと肩を抱いてくれる。慎也はどうして涙が出るのか分からなかった。頭を彼にあずけると、彼の手がいっそう強く抱き締めてくる。
「慎也」
名前を呼ばれて顔を上げると、タカがくちびるを奪った。触れるだけのキスはほんの一瞬で、慎也が彼の胸を押し返すと、彼は苦笑した。
「悪い……」
慎也はただ頷いた。魔がさすことは誰にでもある。左腕のうずきが消えた。優しくしてくれるなら誰でもいいみたいで、慎也は自分の考えに気分が悪くなる。 |