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vanish18

 自分の家なのに、リビングへ入るのは久しぶりだった。父親に呼ばれて、制服を着たままソファに座る。塾帰りで、少しお腹が空いていた。リビングへ入る前にキッチンを一瞥したが、慎也の分は用意されていなかった。
 向かいには義理の母親も座っていた。慎也はテーブルの上に置いてある模試の結果を見た。B判定にまで戻っている。安堵から小さな溜息が出た。
「慎也」
 父親が静かに話を始めた。
「いつから建築に興味を持ったんだ?」
 工学部建築学科の文字を指して、父親が聞いてくる。慎也は落としていた視線を上げた。
「もともと……」
 薬学への興味なんかなかった、と言おうとした時、義理の母親が口を挟んだ。
「最近、タバコのにおいをさせて帰ってるらしいじゃない? あなた、また失敗するんじゃないの?」
 慎也は彼女へ視線を合わせることができず、うつむく。
「……タバコは吸ってません」
 小さな声で告げると、父親の溜息が響く。期待していない、とまた言われるのが怖くて、慎也は慌てて言った。
「あ、俺、受かるからっ、絶対、受かるから!」
 顔を上げて必死に言ったが、二人の表情は冷たいままだった。それが自分への関心のなさに思えて、慎也は怯む。
「絶対、なんて。あなた高校受験の時もそんなこと言って落ちたじゃない」
 怯んで、肩を落として、にじんだ視界を見られたくなくて、またうつむく。目の前の二人は食事の用意もしてくれず、団らんの場に入ることも許さず、無関心なくせに自分の将来にだけは干渉してくる。
 慎也は義理の母親をにじむ視界で見つめた後、父親へ視線を移した。どうして、彼女と再婚したのか問いたい。父親が信頼を寄せている葵が、自分にしていることを告げたい。だが、そんなことをして、結果がどうなるか、慎也はちゃんと予想できた。
 がんばらなくていいと言ってくれるのも、倒れた時に支えてくれるのも、温かいご飯を食べさせてくれるのも、目の前の二人じゃなかった。
「レベルの低い人間とは付き合うな」
 話はそれだけだ、と立ち上がった父親に、慎也は泣きながら叫んだ。
「知らないくせにっ、何もっ、知らないくせに!」
 要司達を否定されたくなかった。皆、とても優しく接してくれる。人を見かけや学力で判断するのは最低だと思った。慎也は泣きながら、階段を上がり、部屋に入って扉を閉めた。そのまま扉に背をあずけて、ずるずると座り込み、大声で泣いた。二人のことだけじゃなく、葵のことや受験への不安から噴出したストレスは涙になって落ちていく。
 しばらく泣いた後、慎也は財布を持って、部屋を出た。玄関で物音を立てないように靴をはいていると、リビングから声が聞こえた。
「すぐ泣くような、プレッシャーに弱い子はダメだな」
「そうね、どうせまた落ちるわ。葵が三年間、あんなに勉強を教えてあげたのに」
「葵君には悪いことしたんじゃないか? 大学生活を満喫したかっただろうに、あの子の世話ばかり焼いて。元が違うとはいえ、あの子には失望させられてばかりだ」
 慎也は震える手で玄関の扉を開けた。出しきったはずの涙がまたあふれる。センター試験まで一ヶ月をきっている。勉強しなきゃ、と思うのに、慎也の足は外へ向いていた。
 駅のそばで公衆電話を見つけて、財布の中から名刺を取り出す。腕時計を見ると、二十三時を過ぎたところだった。要司は起きているだろうか。百円玉を入れて、携帯電話の番号を押す。コール音が鳴り始めた。
 要司はなかなか出ない。コール音を聞くうちに慎也は目の周りを真っ赤にした自分に気づき、こんな顔で会えば心配されると考えた。今は彼に会わないほうがいい。切ろうとした時、「誰?」と言う声が耳に届いた。
「……タカさん?」
 電話に出た相手に少し驚いて聞くと、タカの返事が聞こえてきた。

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