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vanish17

 慎也は要司本人にはどうしても聞けなくて、彼を慕っている東高の生徒達とこっそり話した。彼らは口をそろえて、要司には彼女はいないと教えてくれた。
「でも、そういうの詳しいの、タカさんだからな。今はいないけど、昔、何かあったみたいだし」
「あ、要司さん達、戻ってきた」
 コンビニ袋を提げて、要司達買い出し組が戻ってくる。慎也は胸のつかえが取れず、つい要司から視線をそらした。
「慎也、お茶でいいか?」
 頷くと、要司がペットボトルを差し出した。慎也は一口だけ飲んで、古い一軒家を見上げる。
「いつから住めるんですか?」
「いちおう二月から家賃払う約束なんだけど、一月後半にはたぶん、住めると思う」
 要司は素早くタバコに火をつけると、右手で亀裂が入った外壁に触れる。
「スタッコ仕上げしたら、少しはましに見えるかもな」
 タカが横に来て同じように外壁へ触れた。
「まぁ、でも見た目だけの問題だから。骨組みはしっかりしてるし、予算的には中を重視して組みたい、というか組んだ」
 要司はタカにそう言った後、慎也のほうを見て笑った。
「居間の壁の塗装、させてやる」
「え?」
「好きな色、考えとけよ」
 最初、何を言われているのか分からず、慎也はただまぬけな表情で要司を見返していた。しだいに広がる温かさと同時に、彼の家の一部を自分の手で触ってもいいと言われたんだと気づく。それは仲間の一員と考えているという言葉に等しい。
「そんなこと言って、慎也がピンクとかムラサキがいいって言ったら、どーすんの?」
 タカがからかうように言って笑った。慎也が笑うと、要司があせった顔つきになる。
「慎也、色見本、渡すから、その中から選べ、な?」
 嬉しくて泣くことなんかなかった。ぎゅっと心を押さえて、慎也は涙をこらえる。何度も頷いた。頷いて、ありがとう、と告げた。
 その時初めて、慎也は要司達のような仕事がしたいと思った。彼らと同じ方向に進みたいと思った。
 慎也はA大学に受かることだけを考えていて、特に希望の学科がなかった。葵が薬学部だから、自分も薬学部でいいと思っていた。
 だが、ニッカポッカをはいて、塗料やセメントのしぶきで汚れながらも、楽しそうに働く彼らと、どんどんきれいに修復されていく家を間近で見ていると、工学部建築学科という言葉が出てくる。
 仕事上で付き合うことができるようになれば、いずれ要司が結婚しても付き合いが途切れることはない。

 慎也は十二月の模試から、学部の選択を変更した。先の目標が見えたことで、いっそう集中して取り組めた。
「慎也」
 葵が部屋の中へ入ってくる。慎也は手を止めて、電気スタンドの明かりを消した。従順に自分から服を脱ぎ、潤滑ジェルをベッド下のボックスから取り出す。
 左腕に巻かれた包帯を見ても、葵は何も言わない。慎也は自分の指でアナルを解した。葵がベッドの上に座り、股を開いた。
「……」
 慎也は機械的に舌を動かす。葵が気に入らなければ、またいつものように媚薬を使われるだけだ。今の慎也には終わらない快楽も、葵の執着も怖くなかった。
 葵のペニスを受け入れて、喘いで、射精して、気持ちいいと感じる。その自分を罰するためにカッターナイフは必要だった。胸が苦しくなることはない。左腕を傷つければいいだけだ。

 慎也はどれくらい自分が追い詰められているか分からなかった。つい深く切りすぎて、巻いた包帯が赤くにじんでも、慎也は気にも留めない。財布から取り出した名刺を見て、かすかに笑みを浮かべる。扉の隙間から葵がのぞいていたことには気づかなかった。

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