vanish16
ハンバーグ定食を半分ほど食べたところで、慎也は強烈な睡魔と戦っていた。温かいご飯も、誰かと食べるのも久しぶりだった。遠くなる意識に、皆の笑い声が聞こえる。壁側の端の席に座っていた慎也は体をしだいに傾けて、こつんと要司の肩に頭をぶつけた。
「慎也」
優しく名前を呼ばれて、はっと目を開くのに、また要司の肩に頭をあずけてしまう。
「だいぶ疲れてんじゃねぇの?」
誰かがそう言った。右肩が温かくなる。そっと流し見ると、要司の右手が慎也の背中を回って右肩を抱いていた。
「日曜、誘ってよかったな。いいストレス解消になってるみたい。何てったっけ? かかん? 何とかも出なくなったんだろ?」
「今、その話はやめろ」
鋭い声で要司が言った。聞いたことのない冷たい声だった。慎也は一瞬、目を開いたが、すぐに閉じる。
「そんな簡単なものじゃないんだ」
タカの声がした後、話題が移った。慎也はほっとして、起きたふりをする。目を擦って、目の前にいる要司を見た。彼は口元を緩めて、優しい視線でこちらを見ている。
「ごめん。眠くって……」
「あんまりムリすんな。もうすぐ八時になるけど、帰るか?」
慎也は頷いて、鞄の中の財布を探す。
「いいって。今日はおごるから」
「要司さん、俺もおごってー」
俺も、俺も、と声が続く。
「おまえらは自分で出せ」
非難の声に要司が笑い、慎也もつられて笑った。こういうの、いいな、と思う。ここには自分の場所があるんだと思うと、慎也はまだまだがんばれる。
「要司さん、ありがとうございます」
頭を下げた後、慎也は皆にも軽く会釈をしてファミレスの出入り口から外へ出た。肩から落ちてきたマフラーをかけ直しながら、駅に向かって歩く。受験生にはクリスマスも正月もないと言うが、慎也にとってはどちらもどうでもいいことだった。
父親が離婚した後、そういうイベントはまったく関係のないものになり、再婚後も疎外感を抱くだけのイベントだった。葵と同じ高校に合格していたら、違ったのかもしれない。
電車の中で、慎也は今日のことを思い返した。あまりたくさん食べられなかったが、ファミレスでの食事は慎也に希望を与えた。大学生になったら、アルバイトをして、自由に使えるお金を手に入れる。そのお金で皆ともっと色んなことができる。学生の本分は勉強だが、それくらいは許されるはずだ。
玄関の鍵を開けて中へ入ると、父親の声が聞こえた。慎也はそっと二階へ上がる。葵の靴はなかった。少し幸せな気分になり、コートとマフラーを脱いだ後、慎也はベッドの上に寝転んだ。
月曜までの宿題は済ませている。明日の用意だけして、今日はもう寝よう。そう思って起きようとしたが、慎也の体は疲れているのか、とても重たい。そのまま目を閉じると、すぐに意識が落ちた。
夢を見ていた。要司の家に皆がいる。パーティーをするみたいで、天井から壁から色んな飾りが施されていた。
おめでとう!
聞こえてきたその声で、慎也は自分が大学に受かったのだと思った。皆で祝ってくれるんだ。たくさんのご馳走が並んでいた。誰が作ったんだろう。居間を抜けてすぐの台所へ向かう。嫌な予感がした。
たくさん食べてね。
顔が見えない。だが、女性の声だ。慎也は目をつむった。
慎也。
要司が自分を呼んでいる。目を開くと、彼が幸せそうに笑った。
慎也、俺たち結婚することにしたんだ。
「っや」
ヴー、ヴーと携帯電話がアラーム設定した時間を知らせる。朝の四時だ。かけ布団にくるまっていた体から気持ちの悪い汗が流れていた。 |