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vanish10

 夏休み明けの実力テストが終わり、推薦入試の話が出始める頃、慎也は以前にも増して勉強に取り組んでいた。そこしか行き着くところがなかった。削除された要司の連絡先は分からず、登録以外の着信拒否設定は解けず、コンビニへ行くことは禁止された。
 慎也は葵の思いをある意味で軽視していた。だから、彼が実際に要司が清陽の生徒か調べるなんて想像もできなかった。そして、要司が清陽の生徒じゃないと分かると、嘘をついた罰を与えた。
 塾から遠回りして、駅へ向かう。帰宅して、葵が用意してくれるコンビニ弁当を部屋で食べた。宿題を済ませて、シャワーを浴びた後、葵が望めばセックスをする。勉強するしかない。慎也はほとんど強迫観念に捕われていた。
 あの日から葵は慎也に口淫を強要した。ただ葵のペニスをくわえて、しゃぶるだけじゃなく、その精液を飲み干すことも徹底された。セックスの時は葵の名前を呼び、射精の瞬間には、葵を愛していると言えと命令された。
 慎也には逆らうことも抗うこともできなかった。大きく振り上げられた手を見るだけで、小さく身を屈めることが精一杯で、ボックスを探る葵を見ると、胃をつかまれているような痛みを感じた。
 拒否の言葉は無視され、助けを求める声は気づいてもらえない。慎也は孤立した世界の中で、ひたすら息を殺して生きている。

 暦上は秋とはいえ、まだまだ暑い日々が続いている。通学路で東高校の生徒と派手な私服の男達がたむろしていた。慎也は同じ高校の生徒達が避けて通る中、いくつかの顔見知りを見かけて立ち止まる。
「あ、来た」
 その言葉で全員が一斉に慎也を射た。慎也は見知った顔の一人を見る。
「ちょっとついて来い」
 言い方はきつかったが、暴力的な要素は一切なく、慎也は黙って従う。通学路の外れにある公園まで行くと、ようやく彼らは振り返った。
「悪い。あそこじゃ、目立つから」
「いえ……」
 彼らが見た目に反して性根の優しい人間であることは分かっている。
「あー、学校、遅れたらヤバいよな?」
 要司とよくタバコを吸っている青年が、頭をかきながら苦笑する。
「あのな、最近おまえ、コンビニ寄らねぇし、連絡も取れなくなったって要司が騒いでて」
 困惑顔で言った青年の前にしゃしゃり出た東高の生徒が、いらいらした様子で叫んだ。
「ってか、何で着信拒否ってんの? おまえ、要司さんのこと、馬鹿にしてんのか?」
「こら!」
 目の前のやり取りを見ながら、慎也は葵との約束を思い出す。友達を作るなと言われた。他の男と話すなと言われた。
 葵を愛していると言って、セックスをする。義理の母親が用意してくれない夕ご飯は、コンビニ弁当となって勉強机の上に置かれる。葵は勉強も見てくれる。葵と同じ大学へ行けば、認めてもらえるかもしれない。そのためには犠牲がいる。
 慎也はぎゅっと拳を握った。もっと要司と話してみたい、親しくなりたいという気持ちは殺さなければならない。
 一年の時と同じだ。仲良くなろうと、声をかけてくれたクラスメートや塾通いの生徒達を断ればいい。そんなことには興味がないと態度で示せば、すぐに離れる。
「おい、大丈夫か?」
 慎也が押し黙ってうつむいていたので、心配になった一人が声をかけた。視線を上げると、慎也の目には青い秋空が映る。
 何で泣いているのか、分からなかった。ただ、要司に誤解されたままなのは悲しいと思った。だが、葵から罰を受けるのは怖かった。

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