just the way you are 番外編12 | ナノ





just the way you are 番外編12

 ダークブラウンのテーブルに置かれたコーヒーの黒い湖面から、夏輝は目の前に座る御堂へ視線を向けた。金沢に確認し、御堂が在宅している時間に訪ねた。間取りはほぼ同じだが、家具が置いてある分、温かみのある室内に見える。
 ジーンズにTシャツ姿であっても、御堂は変わらない。夏輝が恐縮しながら、礼を述べると、彼は自分にも用意していたコーヒーを一口飲んだ。
「罰金刑で済んだようだ」
 夏輝は何と答えていいのか分からず、「そうですか」と相槌を打った。
「被害者はおまえだから、おまえの判断に委ねた」
「……ありがとうございました」
 左手で左脇腹のあたりへ触れた。その動きを見ていた御堂が、溜息をついた。
「時々、おまえみたいな人間がいる。一つだけ言っておきたいのは」
 はい、と返事をした。金沢の友達だから助けた、というような内容のことかと考えた。だが、御堂は金沢の名前ではなく、直太の名前を出した。
「自分を低く見積もるのは勝手だ。だが、その評価が低ければ低いほど、山崎も己の評価を下げざるを得なくなる」
 御堂の言っていることは正しい。夏輝が簡単に投げ出してしまうものを、直太は己の犠牲を省みずに拾い上げようとするだろう。自分だけの問題では済まない。
 玄関でもう一度、礼を言い、頭を下げた。落ち着いたら、引っ越すつもりだったが、御堂から家具をそろえろ、と言われた。一度、部屋へ戻り、冷蔵庫の中を確認する。まだ一度も使用していないオーブンを見て、夏輝は財布を手に外へ出た。

 ただいま、という声を聞いて、夏輝は直太を出迎えた。
「トマトの香りがする」
 直太はそう言って笑い、指先で頬へ触れた。鏡で見た限り、アザはほとんど消えている。来週からアルバイトへ復帰しようと考えていた。夏輝は彼の指先を取り、手をつなぐようにして、中へ入る。
「ラザニアにしたんだ。オーブンがあるから、使ってみたくて」
 少し屈んだ直太が、オーブンの中を見て、ほほ笑んだ。
「先輩の手料理が食べられる俺って、ほんと幸せ者です。ちょっと手、洗って、着替えてきますね」
 グリーンサラダと麦茶を並べていると、着替えた直太がキッチンに立つ。
「俺がそれ、運びましょうか?」
 丸い耐熱性のガラス皿に入っているラザニアを取り出し、直太がテーブルへ置いてくれる。部屋が変わっただけで、いつもの夕飯の風景に戻った。夏輝は安堵しながら、幸せそうに口を動かす彼を見つめる。
「どうしたんですか?」
 見られていることに気づいた直太が、手をとめて、こちらを見た。
「うん、なんか、安心した」
「俺の食欲に、ですか? 夏輝先輩ももっとしっかり食べないと」
 スプーンを器用に使って、直太が皿の上にラザニアを置いてくれる。彼と一緒なら、辛いことよりも楽しいことを数えて、生きていけると思った自分は間違っていなかった。
「もし、また今回みたいなことがあったら、迷惑かけるかもしれないけど、そばにいてほしい」
 直太が一緒にいてくれる。だから、自分を粗末に扱ったりしない。彼は自分のことを自分以上に大事にしてくれる存在だからだ。スプーンが彼の手から落ちて、ガラス皿にあたった。彼の頬が赤く染まり、「それ」とつぶやく。
「夏輝先輩、それ、なんか、プロポーズみたいです」
 照れる後輩を見て、夏輝は笑った。
「もう先輩って呼ばなくていい」
 夏輝は対面に座る直太の隣へ行き、まだ赤くなっている彼のくちびるへキスをした。絡んだ指先をうるんだ瞳で見つめた後、直太が口を開く。
「な、なつき」
「はい」
「なつき、さん」
 思わず声を立てて笑ったら、直太はくちびるを結んで涙をこらえていた。
「今回みたいなことは、もう起こりません。俺が守ります。ずっとそばにいます」
 もう一度くちびるを重ねたら、直太の涙が頬に触れた。互いの背中へまわした腕で、一つになりたいと願うように強く抱き締める。
 夏輝さん、ずっとそばにいますからね、と耳元で優しい声が響いた。


番外編11 番外編13(その後の二人/直太視点)

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