ひみつのひ17 | ナノ





ひみつのひ17

 教室に入ると窓際のいちばん奥、掃除用具の入ったロッカーの前に机を見つけた。稔はクラスメートたちの視線から逃れるようにうつむいて、席に着く。昨日も今日も稔の位置が変わることはなかった。
 今日で五日目だ。教師も何も言わない。智章は藤グループの長男だと聞いた。学園に多額の寄付をしており、理事長とも親しいらしい。
 稔はシャツから伸びた自分の腕を見つめる。月曜日以来、あの彼は接触してこなかったが、彼の仲間達から呼びだされ、暴行を受けていた。まだあまり日焼けしていない腕は白く、痣や傷は目立つ。悠紀や他の生徒に見られるのが嫌で、稔は秋冬用の長袖シャツを着ていた。
 季節はまだ夏休み前で半袖シャツの生徒が多いが、寒がりな生徒は薄手のパーカーやベストを着ているため、稔の格好は変ではなかった。だが、ダサい黒縁眼鏡はより稔を浮かせた。

「すがっち」
 向かいに座っていた悠紀がフォークを置いた。日替わりサラダをもそもそと食べていた稔は、視線を落としたままだ。
「五組の奴らから聞いたけど、いじめっていうか、何か嫌なことされてない?」
「え? いじめ? ないない。全然。誰だよ、そんなテキトーなこと言うの」
 稔は顔を上げて笑みを見せた。指先から震えそうになる。だが、稔は悠紀を巻き込みたくはない。知られるのも嫌だった。
 悠紀は疑うような視線を返している。
「古い眼鏡に変えたよね? シャツも何で長袖? ご飯だってろくに食べてない。それに、すがっち、全然笑わなくなった」
 そこまで自分を配慮してくれる人間がいることに、稔は泣きそうになる。
「あいつ絡み?」
「違うよ。本当に何もないから。クラスも普通だよ」
 稔は食事を再開する。くちびるを噛み締めた悠紀が押し殺した声で言った。
「体育の時、わざと一人だけにボールぶつけてたって。六組の奴らが笑いながらその子にトイレの水、飲ませたって話したんだって。五組の友達から聞いた。それ、すがっちじゃないんだね?」
 稔は噛んでいたものを飲み込んだ。両腕を脇からとられて、背後に回った一人が、頭を便器に押し込んだ。稔はその時のことを思い出したくなくて、頭を振った。
「違う。俺じゃない」
 稔は自分に言い聞かせるように、悠紀へ言った。
「そんな子どもじみたこと誰もしない」
 二人の気まずい沈黙を破ったのは、一輝だった。出入口から駆けてきた彼は、稔を見つけると秀崇から離れる。悠紀の視線が背後に注がれたので、稔も振り返った。
「すーがーやーっ」
 一輝はおおげさに腕を広げて、犬が飼い主にじゃれつくような仕種を見せる。
「風邪、大丈夫か? 明日また皆で出かけよう?」
「また?」
 悠紀の言葉に一輝が頷く。
「うん。先週の土曜も一緒に遊んだ」
 悠紀が納得して、視線を向けてくる。
「それならそれで、メールしてくれたらよかったのに。じゃ、今週もすがっち抜きでDVD鑑賞会だな」
 悠紀は嫌味で言っているわけではない。だが、稔は何となく隔たりを作られた気がした。
 秀崇が彼の分と一輝のコーヒーをトレイに乗せて、同じテーブルに座る。
「すがっち、後でメールするな」
 食べ終わっていた悠紀が席を立つ。待って、とは言えなかった。すぐに一輝に話しかけられたからだ。

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