never let me go39 | ナノ





never let me go39

 マリウスが動いた気配に目を開けた。彼はベッドから降りようとしていた。ディノは休息の足りない体を無視するようにベッドから降りて、彼がゆっくりと確実に床へ足をつき、手を下ろす様を見届けた。
「おはよう」
 ディノはマリウスと視線を合わせて、朝のあいさつをする。ライトブラウンの瞳がこちらを見返し、ディノはその瞳の中に映った自分を見た。無愛想だ。そう思い、少しほほ笑むと、彼は手を伸ばしてくる。作った笑みが本物へ変わる瞬間を感じた。時おり、こうして甘えてもらえることが、信頼の証だった。
 マリウスを抱えて、ソファへ座らせ、キッチンへ向かった後、オレンジジュースのペットボトルへストローを入れた。打ち上げられた人魚のようにソファへ座るマリウスは、両手で受け取り、ジュースを飲み始める。ディノもグラス一杯の水を飲み、バスルームでバスタブに湯をはった。収納棚からバスボールを取り出す。子供用に人気のキャラクターが描かれた袋には、バスボールの中からマスコットが出てくると書かれていた。
 湯の中へ手を入れ、温度を確認してから、ディノはマリウスを呼びにリビングへ戻る。半分ほど飲み終えたマリウスは、外を見ていた。ウッドデッキの向こうには庭が広がり、百五十メートルほど北東へ進むと湖がある。ピネッリ家の屋敷は南西の方角にあり、徒歩で三十分程度だ。
 ピネッリ家のサポートに感謝しながら、マリウスの体を抱えて、バスルームへ入る。彼の興味はすぐにバスボールへ移った。
「どれにする?」
 マリウスは緑色の車が描かれた袋を手にした。袋に描かれているものが入っているわけではないが、彼はいつも緑色の車から選ぶ。ディノは彼が選ぶ間に裾と袖をまくり上げた。それから、彼のシャツと下着を脱がせて、抱え、滑りやすいバスルームのタイルの上を歩く。
「袋を開けて」
 子供でも開けやすいように工夫された袋は、マリウスの非力な指先だけでもすぐに開き、中からバスボールが出てきた。
「先に入れるか?」
 ディノが尋ねると、マリウスはかすかに頷き、高い位置からボールをバスタブへ落とした。はねた湯がディノの足へかかったが、気にする必要はない。ディノはそっとひざをつき、マリウスの体をバスタブへ入れた。
「熱くないか?」
 マリウスはやはりかすかに頷いたが、彼は熱くても頷くため、ディノは注意深く彼の表情を見守る。浮き上がったバスボールはしゅわしゅわと溶けていく。彼の視線はそのボールへ向けられており、ディノが少し湯をかき混ぜて、タオルを濡らし、後頭部から髪を濡らし始めてもまったく気にかけない。
 マリウスの髪は濡れると赤が濃くなる。ディノはその深みのある赤色が好きだった。シャンプーで髪を洗ってやり、洗い流す時に左手で彼の顎を上へ向けると、彼はなされるままに視線を上へ向けた。顔にシャワーが当たらないよう、注意を払う。髪も体も洗わせてくれるが、顔に湯がかかると、マリウスはいまだにパニックを起こした。そのため、顔だけは最後に、濡れたタオルで優しくこする程度だ。
 バスボールから出てきたマスコットは、骨をくわえたイヌだった。マリウスは気に入った様子で、バスタブの縁へ並んだほかのマスコットを手に取り、湯に浮かべて遊び始める。マスコットは動物だったり、消防士だったり、あまり一貫性がなかった。
「イチ、ニ、サン……」
 ディノはマリウスの肩へタオルを使って湯をかけながら、数えていく。十までいったら、朝の一つめの日課が終わる。
 
 インターホンの音は二つめの日課である朝食が済んだ頃だった。朝の八時だが、この時間帯に訪ねてくるのは、フェデリコだけだ。彼が自由に使える時間は限られていて、朝早くか夜遅めしかない。マリウスの就寝時間が早いため、彼は気づかって朝来るようになった。
「おはよう、マリウス」
 ソファでリンゴをかじっていたマリウスに声をかけ、フェデリコはキッチンへ向かい、自分でコーヒーを注いだ。ここへ来た当初は、訪問客のようにソファへ座って待つだけだったのに、と思い、すぐに理由が分かった。
「悪いな」
 ディノはテーブルをきれいに拭き、床に転がっていたマリウスのおもちゃを彼の取りやすい位置へ移動させた。フェデリコの視線が自分の手足へ注がれていることに気づき、苦笑する。
「どうせすぐ着替える」
 服はまくり上げた裾と袖だけではなく、腹のあたりまで濡れていた。さらになぜかは分からないが、マリウスに食べさせたジャムの一部も付着していた。


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