never let me go19 | ナノ





never let me go19

 マウロは呼吸することを忘れていた。それから、長い時間をかけて、現実へ戻り、ポケットからライターを取り出した。だが、口にくわえていた煙草へ火をつけたいとは思えなかった。
 今、再生したデータの最初の日付は一ヶ月ほど前のものだった。この世界では見慣れたと思えた光景も、やはり見た後は胸が痛んだ。

 マウロは危険を冒さない情報屋だ。だから、今回の依頼は断るべき内容だった。セレーニ家の人間に連れ去られた青年がどこにいるのかを突きとめる。情報を扱うマウロにとって、それは簡単な内容だったが、相手がセレーニ家となると、事情はちがってくる。
 さらに依頼してきた人物が、セレーニ家を潰そうと目論んでいると噂のあるピネッリ家の次期当主となると、事はさらに複雑になる。マウロはニュースキャスターが読み上げる原稿を聞き流した。
 美しい青年は今や誰もが知る性犯罪者だった。テレビでは何度も顔写真が映され、彼の働いていた施設と自宅地域周辺には、指名手配書が貼られていた。マウロはテーブルの上に置いてある雑誌を一つ手にした。表紙はやはり彼の写真だ。
「ひどい見出しだな」
 一言で中身が想像できる内容だったが、特集を組まれたそのページをざっと読んだ。悪意と偏見に満ちた言葉で、青年の人生が書かれていた。父親からの性的虐待、あまり登校していない学校や施設では、彼自ら誘っては金を得ていたとあり、彼に誘われたという証言が続いていた。
 施設では虚言癖のある問題児で、二年ほどで逃げ出し、売春行為で日銭を稼いでいた。その頃、彼は他人の身分証を手に入れたが、その本来の持ち主は行方不明であると記されていた。そのため、警察は彼に殺人の嫌疑もかけているとあった。
 偽りの名と人生で得た調理助手の仕事だが、それも、彼にとっては子供達へ近づくための手段だった。施設での証言のほかに、アパートの住人やスーパーの店員も、彼が好んで子供の好きそうなキャラクターものの食品を購入していたと言っている。
 マウロはソファに寝転び、他の雑誌にも目を通した。まるで判を押したような内容だった。
 こんな状況なら、セレーニ家にいるほうが幸せだと思えるだろう。出てきても犯罪者であり、有罪になれば、刑務所でなぶり殺されることは想像に易く、無罪になったとしても、そうとう生きづらい人生であることは明らかだった。
 依頼を受けた当初の予測は、マリウス・ホワイト殺しの関係でセレーニ家がかくまっているのだと考えていた。だが、収集した情報で、その予測は覆った。マウロはノートパソコンへ差したままのUSBメモリを抜き、テーブルに置いてあった一つと見比べた。一つはすでに目を通していた。青年の生い立ちから徹底して調べ上げた調査データだ。
 ふざけた内容の記事を書いた奴らに、これが真実だと送りつけてやりたいが、マウロは正義の使者ではなく、ただの情報屋だ。もちろん良心はある。だが、この場合、青年の真実を公にしないことのほうが良心的であるといえる。
 こんな状況なら、すでに死んでいるほうが幸せだと思えるだろう。マウロは危険を冒して手に入れたもう一つのデータを握り締めた。依頼主はフェデリコ・ピネッリだ。依頼内容は青年がどこにいるのかを突きとめることだ。
 最初はおそらくセレーニ家にいたはずだ。だが、途中からはどこかの商業施設に移されている。セレーニ家の息がかかっている施設で、非合法なことが行なわれても表に出てこない場所だ。
 マウロが思案していると、携帯電話が鳴った。
「はい」
 話を終えたマウロは、USBメモリを二つともポケットへ入れた。ノートパソコンも一緒に脇へ抱えてから、フェデリコが指定したホテルへ車を走らせた。
 
 フェデリコ・ピネッリは不思議な男だ。ブロンドの髪にブルーの瞳で、どう見ても優男にしか見えないが、その外見に油断していると、いつの間にか彼の持つ独特の威圧感に圧されてしまう。


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