never let me go15 | ナノ





never let me go15

 彼は小さく溜息をついた。大理石であつらえた暖炉には美しい彫刻が施されており、彼は立ち上がり、その模様へ触れた。だが、彼の意識は火かき棒にあり、彼はそれを手にすると、炎の中へまさぐるように入れた。
「君に興味はない。生い立ちや過去にもね。ただ知りたいのは」
 熱された火かき棒の先が赤く色づいていた。
「ディミトリと寝たかどうか」
 彼が火かき棒の先をこちらへ向けた。まだ思うように動かない体をすくませると、背後の男達の気配を感じた。マリウスは口を開いていいのかどうか判断できず、彼を見て、床へと視線を落とした。
 ディミトリという名前の知り合いはいない。マリウスは必死に記憶をたどったが、客を取っていた頃のことはおぼろげだった。彼は火かき棒を元へ戻し、マリウスの隣へ座った。それから、彼はぐっと体を近づけて、マリウスの後頭部とあごを押さえ、品定めするように見つめてきた。
「君が彼にとって大切な存在なら、なぶり殺して彼を苦しめたいんだけど、もし」
 なぶり殺す、という非日常的な言葉と不釣合いな彼の瞳を見て、マリウスは叫んだ。
「し、知らない、知らないです、そんな、人、知らない、人ちがいです」
 何度も知らない、と繰り返したが、マリウスは彼の乾いた笑い声で言葉を止めた。
「話は最後まで聞いたほうがいい。もし、君が彼にとってどうでもいい存在でも、俺は君をなぶり殺すよ」
 彼が男へ視線を送り、男が彼へ封筒を渡した。目覚めてからずっと自分の置かれた状況が分からなかったが、彼が取り出した複数の写真を見て、マリウスはようやくディミトリが誰なのか知った。
「殺し屋ディノが男娼を買うなんて信じられなかったけど、この笑顔を見てもっと驚いたよ。彼の気を引く秘訣を教えて欲しいな」
 写真にはスーパーの中で買い物をするマリウスとディノが写っていた。ディノは小さくほほ笑んで、棚に手を伸ばそうとしているマリウスを見ていた。
 彼の手がマリウスの太股へ触れた。
「俺が殺さなくても、君は死にたいと思うようになる」
 ブラウンの瞳が近づき、マリウスは彼にくちびるを奪われた。目を開けたまま、キスを受けていた。くちびるを噛まれ、反射的に彼を押しのけて、マリウスはソファから立ち上がった。走りだしたつもりだったが、冷たい床に転んだ。
「麻痺は当分の間、残る。地下へ運べ」
「や、い、いや」
 二度と逃げられなくなる気がして、マリウスは恐怖から涙を流した。だが、抵抗らしい抵抗はできなかった。引きずられるようにして、扉の向こうへ続く階段を進んだ。泣きながら、死にたくない、とただそれだけを考えていた。
 ディノのことを思い出したのは、防音施工された地下室へ放り込まれ、床の上で丸まってからだった。恨むという気持ちより先に、彼の物静かなたたずまいをまぶたの裏へ描いていた。
 マリウスの作った料理を、おいしいと言ってくれた彼の声の低さや、空になりそうなワイングラスへワインを注ぐ時の彼のほほ笑みや、照明に照らされて眠る彼の疲労した表情、それから、優雅な仕草でコートを羽織った後、マリウスへマフラーをかけてくれた彼の指先が脳裏を去来した。
「ぅ、っう」
 暗闇の中で、マリウスはディノからもらったマフラーを握った。自分を抱き締めて眠ってくれた彼が、人を殺している。何か理由があるのだと考えて納得できるほど、マリウスは幼くなかった。


14 16

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -