never let me go6 | ナノ





never let me go6

 ハンドルを握り締めたまま、マリウスは溜息をつき、手の甲へ額を押しつける。いつになく疲れを感じていた。窓を叩く雨の音を聞きながら、嗚咽をこらえる。涙を流してもどうにもできないことがあると知っていた。
 くちびるを結び、激しい雨の中をスーパーへ向かって走る。五メートルほどだったが、かなり濡れてしまった。マリウスはコートの袖でそっと目元を拭った。中へ入る前に、ラビオリの缶詰とバゲットを持った彼が出てくる。
「あ」
 マリウスは車のほうを見た。彼のマフラーは部屋に置き忘れている。彼はブラックのマフラーを巻いていた。
「あぁ」
 軽く頷いたラビオリの彼は、マリウスの瞳を見つめる。涙のあとを見られているのだと気づき、マリウスは慌てて雨へ視線をやった。
「ひどい雨ですね」
「そうだな」
 ラビオリの彼は傘を持っている様子もなく、いつものようにそのまま闇の中へ消えようとする。
「あの、マフラー、実は部屋に置いてきてしまって」
 彼は、かまわない、とだけ言って、雨の中へ踏みだす。
「あ、待ってください、ホテルまで送ります」
 どこのホテルかは知らないが、このスーパーの近くではないことは確かだ。バスがあったとしても、この雨で遅れてくるだろう。マフラーを貸してもらった礼のつもりで言うと、ラビオリの彼は必要ない、と断ってくる。
「でも、こんな土砂降りで、きっとバスも」
「ミラノまで送ってもらう義理はない」
 この周辺にはホテルがない。だが、ミラノのホテルとは想像できなかった。ここまで車で二時間はかかるからだ。なおさら、バスの可能性はなく、タクシーも拾えない。どこかに車を置いてあるのかと考えたが、そんな素振りはなかった。
 冷静になってみると、ラビオリの彼の言葉は断る口実だと分かる。ミラノのホテルと言えば、いくら何でも車で送るには遠すぎる。友人でも、まして知人でもない相手に対して提案するにはいき過ぎた親切だ。
 冷たい風が吹き、マリウスは寒さに震える。彼に拒否されて、打ちのめされている。その理由が分からず、エコバッグを握ったまま、マリウスは彼を見上げた。瞳を見れば、たいていの感情は読み取れるが、彼のダークブラウンの瞳はただ静かにこちらを見つめ返すだけだ。それが少しも嫌でないことが、マリウスには不思議だった。
「あったかい……」
 雨で濡れた指先や頬が冷たい。
「あったかいスープ、作ります。うちに寄りませんか?」
 口をついた言葉に、マリウスは恥ずかしくて頬を染めた。路地裏で立っていた時でさえ、こんなふうに直接誘ったことはなかった。ラビオリの彼は少し考える素振りを見せた後、ベンチに腰を下ろした。
 彼は何も言わないが、マリウスの買い物が終わるまで待ってくれるらしい。
「必要なもの、すぐ買ってきます」
 スーパーに入ったマリウスは振り返って、ラビオリの彼が座っていることを確認する。トリのモモ肉と豚肉、両方を手にして、彼はどちらが好きだろうと考え、自然と笑みがこぼれた。


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