never let me go7 | ナノ





never let me go7

 陶器の碗にトリのモモ肉とカブのミルクスープを入れたマリウスは、テーブルの上にそっと碗を置いた。いつもはカブのほかには何も入れないが、今晩はマッシュルームも入れてみた。オーブンで温め直したバゲットは、ラビオリの彼、ディノが提供してくれた。
 マリウスはバゲットにローズマリーと塩を加えたバターを塗る。安いビールしかなかったものの、ディノはすでに二本目を飲んでいた。テレビの音が気になるのか、彼は何度かテレビへ視線をやる。
「音楽にしますか?」
 マリウスの問いかけに、ディノは首を横に振った。狭い部屋で大きいとはいえないテーブルに向かい合って座ると、車内より距離が近くなる。スーパーから部屋まで、ほとんど会話はなかった。マリウスはディノの名前しか聞き出せていない。
 赤信号で停止した時、子供の迷惑にならないか、と聞かれた後は何も話さなかった。子供はいない、と告げると、ディノは後部座席のエコバッグを見て、子供がいるのだと思ったと話してくれた。
「児童養護施設の厨房助手として働いてるんです」
 スープをおいしい、と褒めてくれるディノに、マリウスはほほ笑んだ。彼はマリウスがつい最近、切ってしまった指先の絆創膏に目を留める。
「エコバッグは子供達がプレゼントしてくれました」
 そうか、と頷くディノに社交辞令として、彼の職業を尋ねる。彼はフリーで人材コンサルタントの仕事をしていると答えた。それがどんな仕事なのか、マリウスにはさっぱり分からなかったが、あいまいに頷き、彼にもう少しスープを入れるか確認する。
 今まで職場の同僚ですら、自分の部屋へ誘ったことなんてなかったのに、とマリウスはダークブラウンの瞳を見つめる。上品にカトラリーを使う様はまるで王子のようだ。
「ミラノのホテルにはいつまで?」
 二杯目のスープを渡しながら聞いた。
「……明後日にはコブレンツに行くが、またこっちへ戻る」
「そうなんですか。出張、大変ですね。でも、あちこちに行けるなんて、ちょっと羨ましいです」
 素直に言うと、ディノはかすかに苦笑した。
「国から出たことは?」
「ありません……本当はもっと北まで行こうと思って、家を出たけど、ここが限界でした。それにちょうど、仕事も見つけられたから」
 出身地はごまかす。この街へ来るまでに留まった大都市の名も出さない。楽しい思い出は一つもなかった。
「今夜は泊まってください。明日、送ります」
 ソファベッドを見たディノは、少し表情を変えた。マリウスは経験からその表情が意味する感情を知り、「俺は寝袋があるので、大丈夫です」と告げる。その気のない相手をベッドへ誘った時の表情と同じだった。
「俺が寝袋でいい」
 マリウスはディノの言葉を受けて、声を立てて笑う。
「あなたの身長だと、このへんまでしか入りません」
 胸の下あたりへ手を当てる。ディノも笑った。

 廊下の電気をつけたまま、マリウスは寝袋に入って目を閉じた。明け方頃までは、うとうとしていたのに、いつの間にか眠っていたらしい。マリウスが起き上がって、ディノの様子を見にいくと、彼はすでに部屋を出ていた。
 テーブルの上に置いてあるメモには、昨夜の礼だけが書かれている。
「あ」
 マフラーを返そうと思っていたのに、オーカー色のマフラーは椅子にかけられたままになっていた。


6 8

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -