never let me go2 | ナノ





never let me go2

 冷蔵庫へ入れるべき食材を片づけ、バゲットとチーズをテーブルへ置いた。ぐらついている椅子へ腰を下ろし、テレビの電源を入れる。とたんに静かだった部屋に音があふれた。マリウスはバゲットをちぎり、少し厚めに切ったチーズを乗せてかじりつく。調理の仕事を始めてから、マリウスは料理をすることが好きだと感じていたが、食べてくれる人がいなければ虚しいと気づいた。
 施設では作りがいがある。子供達は、いつもおいしい料理を作ってくれる礼に、とパッチワークのエコバッグをプレゼントしてくれた。マリウスがいつも買い物へ持参している大きなエコバッグだ。
 マリウスの働く施設では、三歳から十八歳までの子供達が暮らしている。三歳児以下の幼児もいるが、たいてい短期間で里親が見つかり、長く留まることはなかった。冷蔵庫から炭酸飲料を取り出し、半分ほど飲んだ。ヨーグルトのコマーシャルの後、おもちゃのコマーシャルが流れる。
 最後に映し出された父親と母親と手をつなぐ子供の姿から視線をそらし、マリウスはソファベッドへ転がる。橙色の照明を見ていると、その照明が揺れ動いているように感じ、しだいに気分が悪くなった。マリウスの体は金縛りにあったように動かなくなり、視線だけをテーブルへ移す。
 バゲットの入っていた紙袋を見て、彼のことを思い出した。冷たい雰囲気をまとってはいたが、バゲットを半分にしてくれる優しい一面もある。不思議な人だった。
 マリウスはそっと起き上がり、テーブルの端に置いてあるラップトップを立ち上げた。インターネットでラビオリのレシピを検索してみる。上司は皆から親しみを込めて料理長と呼ばれていた。料理長は栄養と予算を考え抜いて献立表を作るが、時々、マリウスにも好きな料理を作らせてくれる。ラビオリは中身の具を低コストなものにできるし、ソースも子供の好きなトマト系の味にできる。
 鞄の中に入れているメモ帳を取り出し、レシピを写す。上司や同僚達に、汚いと笑われた字は、時おり、マリウス自身も何と書いたのか分からなくなるほどだ。おまえの単語力は小学校でとまっている、と冗談を言われたこともある。
 その時は一緒になって笑ったが、本当にその通りだったから傷ついた。マリウスは強く握りすぎた万年筆を放す。人差指に少しついた青いインクは、消えない過去の染みのようだった。

 夕飯の準備を終えたマリウスは、厨房内の片づけを始める。早番の時は早朝からの勤務だが、遅番は昼から出勤して、夕食を作った後は清掃をしてから帰る。食事を終えた子供達から食器を受け取り、食洗機へ放り込み、ボタンを押したら終了だ。一通りの什器まで磨き上げたマリウスは、料理長のデスクにあったレシピ集を手に時間を潰した。
 不意に視線を上げると、厨房のある西側とは反対の廊下をニケという青年が歩いていく。ニケは一人ではなく、職員の一人と一緒だった。夕食時に何だろう、と疑問に思ったものの、相談事かもしれない、とレシピ集へ視線を戻す。
 ニケはマリウスが気にかけている青年だった。厨房助手であり、職員ではないマリウスが、子供達の相談に乗ることはない。ただ、ニケは昔の自分と似ている気がして、放っておけないところがあった。
 だが、必要以上には話しかけたりしない。昔の自分と似ているというのも、マリウスがそう考えているだけであって、まったくの思い違いの可能性もある。
 冷たい風が入る厨房内でくしゃみを繰り返していると、夕食を終えた当番の子供達が集めた食器を運んできた。マリウスは礼を言い、ざっと水洗いしてから、食洗機の中へ並べていく。食洗機が動き出す音を聞きながら、照明を消した。
 マリウスは柔らかい明かりの灯っている反対側の廊下に、レクリエーションルームから出てきたニケを見つけた。夕食を食べられなかったのではないか、という思いから、リンゴを一つ手に取る。


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