エウロパのうみ番外編2 | ナノ





エウロパのうみ番外編2

 テーブルの上には旅行会社のパンフレットが並んでいる。夏季休暇を取ったら、どこかへ旅行しようと提案していた。善自身はよく海外へも出るため、特にどこへ行きたいという思いはない。適当に取ってきたパンフレットだが、時和は熱心に読み込んでいた。
 折れ目のついているパンフレットは、どれも近場で安いツアー旅行ばかりだ。善はキッチンで夕飯の用意をしている時和を振り返る。彼の母親から、毎年は無理だが、行ける年は国内旅行をすることが、母子にとっての息抜きだったと聞いた。
 母親と仲がいいのはまったく問題ないものの、そろそろ彼女にも彼女だけの生活を考えてもらうため、ホテル内にあるカフェへ呼び出した時だ。去年の美瑛への旅行の話を、善はほほ笑みながら聞いた。その席で偶然を装い、彼女に合う男性を紹介した。
 交際は順調なようで、時和は時々、母親にいい人ができてよかった、とまるで娘のことを案じている父親のように話す。その様子がおかしくて、善はつい笑いそうになってしまうが、彼のことを軽んじているわけではなく、ただ彼の素直さがほほ笑ましいだけだった。
 善が時和についている嘘は、小さいものから大きいものまで数えきれない。だが、罪悪感は少しもない。
「善さん、できました」
 サバの塩焼きと筑前煮、ホウレンソウのごま和えにみそ汁が並ぶ。買い物はすべてインターネットで済ませていた。一歩も外に出ることなく、食材が届くシステムに、時和は驚いた後、申し訳なさそうな表情でうな垂れていた。
 二人で出かける時は、たいてい衣服を選ぶ時か、『ren』へ遊びに行ったり、外食する時だけだ。毎週スーパーで買い物をするわけには行かない。毎週火曜と金曜に玄関前に届けられる食材は、運送会社がコンシェルジュへあずけ、コンシェルジュの人間が玄関前まで運んでくれる。
「おいしいよ」
 半分ほど食べたところで、善は思っていることを口にした。
「いつもこんなにおいしいものを食べさせてもらえて、俺は幸せだよ」
 そう言うと、時和は、「俺もです」とこたえる。善は苦笑しそうになるのをこらえた。彼はこちらの言葉をオウム返しする。好きだと言えば、好きだと言い、幸せだと言えば、幸せだと言う。彼のほうから言葉にしたことはなかった。
 まだそれを望むのは早いのかもしれないと思う反面、時和から感情を見せてくれることを心待ちにしている。問いかければ、もちろん、こたえてくれるだろうが、それは善が求めているものではない。
 以前より、正確に言えば、明達と付き合っているなどと話していた頃より、時和は幸せなはずだ。今、時和が時おり見せるかげりは、母親と暮らしていた頃の男性としての部分を、ここでは発揮できないからだ。
 あの出来事を引きずり、外へ出ることに怯え、収入を得られない点を恥じている時和は、善の言う言葉を繰り返すことで、彼自身を納得させようとしているように見える。震えているウサギみたいで、可愛いと思った。
 食洗機の中へ洗い物を入れた後、善はテーブルを拭いている時和の腰へ触れた。
「時和」
 ソファへ座ろうと促すと、時和は笑みを見せる。善は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、ソファの前にあるテーブルへ置いた。バーキャビネットに並ぶウィスキーを選び、時和が最近よく飲んでいるウィスキーにオレンジジュースとグレナデンシロップを足したカクテルを入れてやる。
「こんな近場ばかりでいいの?」
 善はハイボールのグラスを片手に、時和の隣へ腰を下ろす。


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