エウロパのうみ番外編3 | ナノ





エウロパのうみ番外編3

 時和は折れ目のついたパンフレットへ視線を落とし、頷いた。
「俺、海外旅行なんて行ったことないから、どこがいいのかも分からなくて」
 控えめに言う時和のくちびるに、思わず指先が伸びた。手に入れたら、飽きるだろうと御堂に言われていた。軽い付き合いしか好まないおまえが、そこまではまっていても、飽きたら光の速さで捨てるだろう、と笑われていた。
 廉は決して奥まで入り込まない。だからこそ彼は本気で、自分のことを素敵な人でしょう、と紹介する。そのたびに、同意し、体を重ねてきた相手は、旅行へ誘えば金の心配なんてしなかった。善が払って当然の態度であり、善自身もそう思っていた。
 指先をなめるくらい艶かしい行為をしてくれるかと期待したが、時和の仕草はその期待を上回る。彼は恥ずかしそうに視線を落とし、両手で善の右手首をそっと包み込んだ。そのまま手を握り、今度は嬉しそうにこちらへ笑みを向けてくる。
 時和のそういう何の計算もない仕草は、善をより深みへはまらせる。彼がどうしようもないくらい自分に溺れてくれたら、最後の最後に、重ねてきた嘘の一つ一つをばらして、打ちひしがれる彼を見てみたいと思う。
 もちろん、その願望はあくまで自分の内に留めるものであり、本当にばらしたりはしないが、善はソファへ時和を押し倒しながら、彼の悲しむ表情を想像した。
「よ、よしさっ」
 壊れ物に触れるように、善は時和の頬から首筋へ触れた。どちらかといえば、欲望をぶつけるようにして抱く自分が、その衝動を抑えながら抱くのは彼だけだ。初めてのキスをした時、彼が相手本位の行為しかしたことがないのだと分かった。
 やめてと訴えるまで、手と舌を使い愛撫を施す間に、時和は一度、絶頂を迎えていた。小さく脈打つペニスを口へ含み、くちびるの間から流れた精液を指ですくう。善は時和のアナルへ指を滑り込ませた。十分に解してから、彼の体を抱える。
 ベッドの上で時和を抱き締めると、彼は背中に手を回した。いつか彼から、先に愛の言葉をささやいたら、それで満足してしまうだろうかと考えることがある。だが、その問いかけへのこたえは、自身の暗い願望の行き着く先と同じだった。
 時和の中へ精を放ちながら、善は恍惚に目を開く彼のまぶたへキスを落とす。目を閉じた時にくちびるへ当たるまつげの感覚に、思わず笑みが漏れた。他の男のものだったから、手に入れたいのだと思っていた。だが、そうではないと、善はもう理解している。
 深い呼吸を繰り返す時和の上にまたがったまま、善は彼の髪をなでた。
「時和、イタリアに行こう」
 時和は目を開き、何度か瞬きを繰り返す。
「そんな遠くにですか?」
「あぁ。せっかくだから、遠くまで行こう」
 でも、と口ごもる時和の腕を引き、善は彼の上半身を抱き寄せた。
「時和がお母さんと二人、頑張ってきたのは知ってるよ。今の状態を窮屈に感じてることも」
「窮屈なんて……」
 善はうつむきそうになる時和の頬を両手で包む。
「俺のところにお嫁に来たと思ってよ。それとも、相手が俺だと不服?」
「そんなわけないです」
 そんなわけ、とつぶやく時和の瞳に、自嘲めいた悲しみの色が浮かぶ。
「ただ、俺……俺のせいで、明達も俺のせいで変わっちゃったから、善さんも、もし、俺のせいで変わったら」
 時和が泣かないように、瞬きを繰り返す。善はそれでもあふれた涙を指先で拭ってやった。大丈夫、と声をかけながら、自分の本質が変わるわけがないと心の中で吐き出す。時和はおそらく共依存のような関係に陥りやすい人間なのだろう。明達は彼に罪悪感を抱かせたようだが、自分は違う。
 善は時和を優しくなだめる。彼を甘やかして、彼には自分しかいない、と思ってくれたらいい。そのために必要なことは、何でもする。腕の中で安堵している彼に声をかけながら、傷心の彼を連れてのイタリア旅行は素晴らしいものになるだろうと考え、善は小さくほほ笑んだ。


番外編2

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