エウロパのうみ番外編1 | ナノ





エウロパのうみ番外編1

 自分のデスクで弁当を広げていたら、唐突に扉が開いた。オフィスマネージャーという肩書きではあるが、実際には社長である御堂(ミドウ)の付き人のようなもので、これまでは彼が行くところ、たとえランチタイムでも同行が基本だった。
 だが、最近は弁当持参のため、御堂とともに外食する回数が減っている。彼は目を細めて、「またか」と口にした。
「火、木は弁当って言いましたよ」
 善は少し焦げている玉子焼きを頬張る。
「今日は金曜だろ」
「俺が時和の作ったものを無駄にすると思いますか?」
 御堂は軽く首を振り、「来週の火曜は忘れるな」と言った後、扉を閉めた。同業者であるKファイナンス幹部達との食事会がある日だ。やくざ相手の食事なんて、うまくないだろう、と思いながら、携帯電話を取り出す。
 仕事関係以外のメールはなく、善は新規作成を選んで、時和へ弁当の礼をつづった。数ヶ月ほどは、何もする気が起きない、と申し訳なさそうにしていた時和だったが、善にすれば当然の結果だった。
 微量の睡眠導入剤を食事に混ぜて与えた。日中でも体がだるい、と告げる時和に、色々なことが起きたから、少しの間、休むべきだと部屋へ押し込めた。彼が散歩へ行ってみると言うたびに、あの時と同じ車種の車を近辺で走らせた。そのうち彼は散歩に行くと言わなくなり、階下の母親の部屋を訪ねるだけになった。
 箸を箸箱へ入れながら、善は小さく口元を緩ませる。時和と『ren』で出会った日、善はほんの少し遊ぶつもりでいた。あの界隈で飲み、誘ってついて来るような子だから、とすぐに体をあずけてくれると期待していた。
 だが、時和はキスを拒絶した。善にとっては初めてのことだった。他に好きな男がいると知ったあの時、善は時和を自分のものにしたいと強く思った。
 時和からの返信を黙読する。今晩の夕食のことが書かれている。楽しみにしている、と打ち込み、善はログオフにしていたノートパソコンを目の前に引っ張る。いくつか立ち上げていたウィンドウの中から、一つを選び、見慣れたキッチンに立っている時和の姿を見つめた。
 料理を始めた頃は、何度か指先を切って心配させられた。今は手際よく準備をしている。部屋に隠しカメラを付けていることを、御堂の恋人である希望(ノゾミ)が知れば、うるさく言われそうだが、隠しカメラの存在を知っているのは自分だけだ。
 善は映像が流れてくるウィンドウを落とし、破産管財人から通知が届いている顧客のデータを開いた。

 時和のつぶらな瞳が好きだ。そういう状況を作ったのは自分なのに、怯えて、頼ってくる彼を見ていると、哀れに思うこともある。だが、善にとっての哀れみは、愛しいという感情と同等だった。
「おかえりなさい」
 扉の音を聞きつけて、玄関まで出迎えてくる時和に、善は笑みを浮かべた。色白の肌に朱が差し、そっとその頬へくちびるを当てる。ただいま、と言う前に、善は彼の頬からくちびるへキスをした。
「ただいま」
 鞄を持とうとする時和の手を制して、リビングダイニングまで進む。メールで知らせてくれた通り、今夜はサバの塩焼きと筑前煮らしい。善は寝室へ入り、着替えを済ませてから、ソファへ腰かけた。


35 番外編2

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