エウロパのうみ34 | ナノ





エウロパのうみ34

 名前を呼ばれて、まだぼんやりとした思考のまま、時和は起き上がる。
「時和、お母さんが来てる」
 あれからどのくらい眠ったのか、分からない。リビングダイニングにある大きな円形ソファに、母親が座っていた。自分の顔色が悪いせいか、彼女の表情が暗くなる。
「大丈夫、時和?」
 強烈な眠気以外は何も感じていない。時和は笑って、頷き、ソファへ座ったつもりだったが、体を善に支えられる。まだ疲労が抜けないのだろうか。時和は隣に座る彼の温もりを感じながら、心配している母親へこたえた。
「大丈夫だよ」
 善が母親に出していた紅茶を、ティーポットから注いでくれる。
「ごめんね、何も知らなかったわ」
 母親の言葉に時和は動揺した。善へ視線をやると、彼は肩へ手を回してくる。
「ストーカー被害にあったこと、話したよ」
 彼の言葉は嘘だったが、時和はその嘘があの出来事を隠すためのものだと理解し、口を開かずにいた。
「それで、時和が心配してたこと、すべてお母さんにも話したんだ。そしたら、ここへ引っ越してきてくれるって。ちょうど、下の階に空きがあるからね」
 団地から引っ越すことを嫌がっていると感じたことない。ただ、ずっとあの部屋で暮らしていたから、相当の理由がなければ、出ることはないと思っていた。もちろん、息子がストーカー被害にあうというのは、相当な理由だ。だが、時和は母親が引っ越しに賛成するとは思ってもみなかった。
「ここならセキュリティもしっかりしているから、安心だよ」
 時和は善に手を握られる。母親はそのさまを見て、かすかにほほ笑んだ。
「でも、ここへ越してきても、仕事は辞めないわ。家賃もきちんと払います」
 時和にそう告げた母親は、家賃についてすでに善と話していたらしく、管理費や維持費の話が出た。
「いいの? ほんとに」
 善がキッチンへ立った時、時和は小声で尋ねた。
「私は何があっても平気だけど、時和が傷つくのは嫌よ。それに、こんないいところに破格の家賃で住めるなら、それもいいかなって思うわ」
 ソファのクッションをなでながら、彼女は続ける。
「二人の邪魔はしないからね。お母さんも村本さんみたいな人、見つけるわ」
 最後のほうは冗談のつもりなのか、笑い声に変わった。そう昔の話ではないのに、団地の狭い居間で食事をしていた頃を懐かしく思う。
「せっかくですから、下、見に行きますか?」
 善の言葉に時和も一緒に行くことにする。最初に感じていた眠気はおさまり、今度はひどく空腹になっていた。下の階は善の部屋とつくりは似ていた。広さは異なるものの、団地に比べると二倍以上は広い。引っ越しは善が業者に頼むと言い、時和の私物はもちろん善の部屋へ運んでもらうことになった。
 何から何まで進めてくれる善を見て、時和は彼の腕に自分の腕を絡める。彼は少し驚いた顔を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
 善が三人で食事に行きましょう、と誘う。堅苦しいところは、と母親が苦笑すると、彼は出前を取ります、とこたえた。


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