エウロパのうみ8 | ナノ





エウロパのうみ8

 今年の夏はここ最近の中で一番楽しい日々になった。母親との美瑛旅行も素晴らしかったが、明達と会うようになったことが時和の生活の中の大きな変化だった。会うといっても、毎日ではない。彼に誘われたら、安い居酒屋で一緒に飲むだけだ。彼の大学生活や就職活動の準備、将来に対する不安を聞いて、時和なりの言葉で励ますと、彼は、「おまえがそう言うと、本当にそうかもって思えてくる」と笑った。
 明達の言葉や視線に一喜一憂する自分を抑えたくて、時和は彼と会わない木曜は必ず『ren』を訪れた。キープしていたタリスカーを飲み終わり、ショットグラスの底を見つめていると、廉が新しいボトルを持って来る。
「ひと夏かかりましたね」
 廉はにっこりとほほ笑み、タグを新しいボトルへつけ替える。
「え、それ……」
「ゼンさんからです。飲み終わったら、新しいものと交換するようにって言われていました」
「でも」
 初めて会った日以来、時和は善と連絡を取り合っていない。このバーでも会うことはなかった。
「時和君が全然、連絡くれないって寂しがってましたよ」
 アルコールで顔が赤くなることはないが、今は頬が熱い。お世辞でも善から気にかけてもらえて、何だか嬉しかった。さっそく携帯電話を取り出し、SMSでメッセージを送る。返事はすぐに来た。
「どうしたんですか?」
 慌てた表情の時和を見て、廉が静かに尋ねてくる。
「あ、善さん、ここに来るって、返事で……」
 廉は軽く頷くと、バックバーからタリスカーのボトルを取り出し、カウンターへ置いた。時和の隣の席だ。
「ここからそんなに離れてないんですよ」
 何が、と言いかけたが、それは扉の開く音に遮られた。
「こんばんは、ゼンさん」
 廉のあいさつには手を挙げてこたえ、善は時和の隣までまっすぐに来た。
「久しぶりだね」
 秋を思わせるダークブラウンのニットベストと赤茶色のネクタイを身につけたままの善は、金融会社のオフィスマネージャーというよりモデルのようだ。思わず見惚れていると、彼は小さく笑った。
「もっと早く空けてくれると思ったのに」
 その声には残念という気持ちよりも、ようやくボトルを空けてくれたという喜びが見えた。
「でも、俺、あの、ゆっくり味わって飲みたいと思って」
 多い時は四杯ほど飲むが、アルバイトをしている時和にとって、『ren』での飲食代はぜい沢な浪費に入る。冒険しようにもなかなかできない。だから、たいていは決まったウィスキーをロックで飲んでいた。
「そう。俺も、ゆっくり味わって欲しかったから、いいんだけどね」
 ショットグラスへくちびるをつけ、タリスカーを味わうように飲む善の舌が、彼のくちびるを湿らせる。何の意味もない動きなのに、時和はなぜか艶かしさを感じて、少し視線をそらす。
「それで、夏は何してたの?」
 まるで時和の視界から他の客を遮るように、善は左の肘をカウンターへ置き、頬杖をついた。


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