エウロパのうみ6 | ナノ





エウロパのうみ6

 時和は下駄箱の中にある上履きを手にして、それが濡れていると分かり、手を引っ込めた。指先についた泥をハンカチで拭い、すのこの上に置いた運動靴を鞄の中へ突っ込む。靴下のまま校内へ入り、生徒玄関の隣にある教員用玄関からスリッパを借りた。体育があるのに、と足元を見つめ、おそらく、体育があるからこそ、上履きにいたずらされたのだと理解する。
 教室で笑い声や視線を感じると、時和はいつも自分のことだろう、と思ってしまう。スリッパで音を立てないように自分の席へ座り、授業が始まるまで机に突っ伏した。小・中学校で失敗したから、高校ではうまくやろうと考えていた。人気者の集まるグループに入れなくても、どこかに所属すれば大丈夫だと知っていた。
 誰かが持ってきたわいせつな雑誌がきっかけだった。
「古瀬はどれがいい?」
 隣の席で広げられたその雑誌を見せられ、時和はただ馬鹿みたいに彼らを見返し、適当に言えばよかったのに、押し黙ってしまった。それから、彼らが時和のことをホモだと呼ぶようになり、二年になった今では教室内だけではなく、学年中から距離を置かれている。
 時和は運動神経がよくないため、体育の時間は見学しろと言われる。クラスの人気者である館野が、同じく二組のリーダー的存在である明達を中心とする仲間達と賭けをするためだ。時和がいると、一組は不利になる。
 たいてい見学するからか、時和は体育教師から嫌われていた。体育館の隅に座り、バスケットボールを持ってドリブルやシュートの練習をする級友達を見つめる。女子も同じように練習していたが、時おり、館野や明達を見て、こそこそと声を出し、笑い合っていた。
 自分も女子だったらな、と不毛な思いを押し殺した。だが、もしそうだったなら、少なくともあの輪の中へ入ることを許され、明達に好意の視線を送ることも叶う。ぼんやりと明達の動きを目で追った。あ、と思った瞬間には、大きなバスケットボールが左肩へ当たる。避けることができない時和の鈍さを、皆が笑った。時和は左肩を押さえてうつむく。
「おい、ボール」
 館野に言われて、時和は足元にあるボールを右手で転がす。そのさますら笑われてしまい、くちびるを噛み締めた。
「大丈夫か? 肩、痛くない?」
 影に気づき視線を上げると、しゃがんだ明達が、そっと左肩をつかんだ。
「い、いい、え、痛くない」
 本当は痛かったが、周囲の空気を読んで首を横に振る。明達が試合に戻らないと進まない。
「そっか。もう少し、あっちに移動したら?」
「う、うん。そうする」
 勢いよく立ち上がり、スリッパを履いていることを忘れて、その場で前のめりに転んだ。笑い声に体中が熱くなる。恥ずかしくて、脱げたスリッパを手に持って、体育館を出たかった。だが、今は体育の授業中だ。明達に示された場所まで行き、そこで座ろうとしたら、教師から立って見学しろと言われる。
 先ほどつまずいた時に足首を捻っていたが、時和にはそれを言う勇気はなかった。


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