エウロパのうみ5 | ナノ





エウロパのうみ5

 タグのついたタリスカーを見つめながら、ショットグラスをゆっくりと回す。
「魅力的な方ですよね」
 廉は時和の言葉に頷いた。
「金曜に来るって言ってましたけど、金曜の常連さんですか?」
「ええ。時々、社長と一緒に寄ってくれます。私の……ここに出資してくれたオーナーとも知り合いで、開店する前からのお付き合いなんです」
 社長やらオーナーやら、偉い人ばかりが出入りしていることに、時和は溜息をついた。
「癖のある方ばかりですから、時和君には癒やされます。木曜の夜、お越し頂けないと、何かあったのかと思うくらいです」
 溜息を察して、廉はそう言った。上手だな、といつも感心する。レジで接客するとはいえ、時和には廉のように人の心の機微を読み取ることなどできない。もちろんコンビニエンスストアの店員にそこまで求められていないが、夜に働く者の間でもこんなに差があるのかと考えさせられた。
 終電で帰るため、財布を取り出す。廉へ合図すると、彼は目の前までやって来て、「頂いています」とほほ笑んだ。
「え?」
「ゼンさんが一緒に会計されました」
 駅までの道をゆっくり歩き、信号待ちで名刺を取り出した。裏面に書かれた携帯電話の番号を目で追う。時和は礼としてSMSを送るべきかどうか悩んでいた。その場で気づいていれば、すぐに感謝の言葉を言えたのに、こういうふうにおごられたのは初めてで、戸惑ってしまう。
 SMSを送れば善に自分の番号を教えることになる。期待していないが、彼から出会いを求めていると思われるのは何だか嫌だった。不意に視線を上げると、青信号が点滅を繰り返している。くだらないことで一分以上、悩んでいるということだ。
 時和は携帯電話を出して、ごちそうさまでした、と入力した。自分の名前を入れて、SMSを送信する。駅までは携帯電話を触らないと決めて、駅に着いたら、家に帰るまでは見ないことにした。

 母親を起こさないように、扉を開けて部屋へと入る。時和は冷蔵庫から麦茶を取って、一口だけ飲んだ。いつもよりアルコールの量は少なく、ほろ酔い気分で、ハミガキをしてから、ベッドへ横になる。タイトなパンツを脱ぎ、シャツのボタンを外してから、携帯電話を手にした。
「あ」
 受信を告げるライトの点滅を見て、時和はSMSのボックスを開く。
「どういしたしまして。おやすみなさい……か」
 いたって普通の返事に、時和は安堵する。
 眠りに落ちるまでの間、長谷川明達(ハセガワアキタツ)のページへアクセスした。高校時代、時和に話しかけてくれた同級生だ。今は隣の市にある大学で経済学を学んでいる。悩みぬいた末に友達申請をしたら、すぐに承諾してくれた。彼の日常を追っていく。
 毎日見ているわけではない。飲んだ後だけだ。飲んだ後、たいていは明け方、始発の電車の中で、ぼんやりと明達が更新した写真を眺める。彼はバスケットボールのサークルで活躍していて、週三で大学近くのカフェでアルバイトをしている。文学部英文学科で学ぶ本居杏里(モトイアンリ)という可愛い彼女とのツーショット写真がたくさんあった。
 時和は目を閉じて、あふれた涙を擦った。一週間のうち、一日だけ、飲んだ後の数時間だけ、時和はないものねだりをしながら、感傷に溺れる。明達の熱い指先が肩をつかんだ日のことを思い出した。


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